これまでのあらすじ
妻とよ子の実家のお墓にお参りした事もあってか自分の”親のお墓にお参りしてこよう”という気持ちになった「明日早朝に暇乞いして故郷に行ってみることにしました」と運転席の豊治に言った。「良い事だね。思った時こそ先祖が呼んでいるのかもしれないね。私が交通機関を調べてあげよう。こんな山奥では道に迷ったと同じようなものだからね」
翌朝、豊治の妻に見送られた出発した。豊治の妻が手渡してくれた紙袋には缶コーヒーとジュース、それに文庫本が二冊とコピーした10ページばかりのレジュメが入っていた。バス停は中国山地のほぼ真ん中の標高550メートルのにある道の駅にあった。竜二は瀬戸内から広島県の備北を抜けて走る尾道松江線「中国やまなみ街道」を山陰出雲市に向かう高速バスに乗った。
広島県庄原市の道の駅を出発した高速バスはすぐに長いトンネルに入った。道の駅に有ったパンフレットには大万木(おおよろぎ)トンネルとあった。全長4878メートルで中国地方の道路トンネルとしては最長とあった。
昔は積雪2メートルを超える豪雪地帯だったと聞いた。この山越えする最善の方策が『トンネルだ』と誰が気が付いたのだろうか?
島根県JR出雲市駅に10時過ぎに到着した。駅前の駐車場は広々としていた。バスが入ってゆくには道路の屈折もなくゆったりしすぎて妙な解放感があった。幼少のころを思い出した。父親に連れられて出雲大社にお参りに来たことがあった。出雲大社はここから更に北に向かった海岸近くだった。
列車の出発は11時半。駅の売店で昼の弁当と飲み物を買って新山口行の列車‟特急スーパーおき”に乗り込んだ。
列車はで茶色メタルの車体に黄色の帯の塗装、窓枠は青の列車だった。ジーゼル動力車両で列車の上の架線から電力の供給を受けるパンタグラフは無かった。
車内の座席は空席が多く静かだった。
列車は田圃が拡がった平原を走り抜けていった。鉄の車輪が線路の継ぎ目を通り過ぎる時発てるガッタンゴットンという聞き覚えのある連続音が座席を揺らし続けた。昔、横浜に就職した。お正月に始めて帰郷して、再び職場に帰る寝台列車で耳にした車輪の音と窓ガラスを透過して耳に入ってきた信号機のカンカンという音が重なって聞こえてくるようだった。目の前に赤い信号機の電光が走り、やがて後方に遠ざかる。信号機の警戒音は哀愁を含んだ乾い音だった。
豊治の奥さんが手渡してくれた紙袋の中には文庫本が二冊有った。一冊は昨日豊治との会話で話題になった三島由紀夫「文化防衛論」、もう一冊は姜在彦「朝鮮半島史」だった。それとA4版のレジュメだった。
文庫本の上に手紙が添えられてあった。
・・・始めて心おきなく話す事が出来たことを感謝します。最近はネットで受講してる父母論の講義に色々と気づき、時には長年モヤモヤとしていたモノがハッキリしてきたのを実感している処です。同封したコピーは”真の父母論”の第6章の中のⅣ天一国安着後の7年路程(2020年~2022))の「天心苑摂理」の8項目です。
空白に私が直観として感じた内容を鉛筆書きしました。
今の教会を取り巻く状況に対して自分なりの考え感想を綴ったものです。
貴兄の率直な感想を聞かせて下さい。
再会する日を念願しながら。 2025年真夏 竹下豊治 拝
・・・・・・
竜二は大きな壁に阻まれているような毎日を送っていた。妻が亡くなって後、自分の独り言を受け止めてくれる人の居ない空虚さを感じていた。
とよ子とは育った環境も影響を受けた存在も全く違っていたが、時には同志のように時には対立する相手になり、時には足りない処を保護し合う夫婦でもあった。
とよ子が存命中は全く気が付かなかったが亡なくなって始めて判った。夫婦という姿がもつ計り知れない存在価値を。
昨夜だった。竹下豊治と居間の食卓テーブルに座って右手にコーヒーカップを持ち、時折、煎り豆の大豆を口に入れながら喋りあった。
『共産主義、弁証法的唯物論に宗教は勝ちうるか?!』だった。
発端は三島由紀夫の文化防衛論からだった。
竜二も文化防衛論には賛同する箇所は多々あったが信仰を持ち始めてからは彼がいう”文化という土俵”と
違う土俵で戦うための内容が必要だと感じ始めていた。
豊治は明快に回答を引出していた。
隣部屋からタブレットを持参してきてキーボードを打ちワードの画面を表示して、竜二に見せた。
タブレットの画面は小さく見えにくかった。遠近両用メガネを外して画面を見た。
・・・・
第6章 天一国安着の主要摂理
Ⅳ天一国安着後の7年路程(2020~2027)
A天心苑摂理
1天一国安着勝利のための霊的基盤を造成するために
1)2018年3月・・・21日間の・・徹夜精誠
2 ) ・・・・
竜二は目頭を何度も指で擦りながらタブレットの文字を読み取ろうした・・・。
テーブルの対面から豊治が「これは今、ネットで受けている講義の項目の一つ一つをノートに書き写し、更にパソコンに打ち直しものです。多分誤字、脱字が多くあると思いますが、まづ自分が理解するために始めた作業です」と言った。
竜二は「全体的内容は私も講義で聞きましたが、それ以上は進んでいませんし、私の理解もその時点で止まっているのが正直なところです。豊治さんは長年教職の職業に就いていらっしゃった事もあり、流石ですね」と称賛した。確かに妻とよ子も律儀に物事を丁寧に積み上げて行く性格だった。
「この講義を通して感じることは弁証法的唯物論、共産主義に打ち勝つ最後の砦は宗教の‟祈り”の力、祈祷”の力に目覚めた人達が興す社会運動以外に無いと思うになりました。
唯物論主義者はこうした力は脳細胞がもたらす作用であるという一文で切って捨て去りますからね。『ヨーロッパに幽霊が出る―共産主義という幽霊である』(共産党宣言冒頭)」
と嫌われモノの代名詞に宗教の幽霊を使っているくらいですから・・この冒頭の言葉にも解釈の仕方によって様々なとらえかたができますが・・・」と言ってコーヒーカップを口に運んだ。
「‟祈り”の役事の一番わかり易いのは新約聖書の使徒行伝1章と2章の出来事でしょうね。イエスの死後、五旬節に信徒が祈っていると天から舌のようなものが降りてきて信徒達に聖霊の役事が起こり、聖霊の役事ば迫害者パウロを改心させ、イエスを証しするまでに成ってゆくという聖句の文面ですね。この役事が世界的な広がりとなって世界宗教となり、20世紀後半には朝鮮半島で起こった大聖霊復興運動に繋がってきたと私は解釈するようになりました。
このパウロに改心を起こさせた背後に120名のイエスの信徒たちの‟ユダの裏切りに向かう刃を砕いて”叫んだ祈りがキリスト教の出発だったと。日本の乙女峠の信者たちが体験した聖母が現れた役事もその流れにある現象だと思います。
そして、21世紀の今の時代を生きている我々はもっとも刺激的な霊的役事を体感できる時に立っているように思えるようになったんだ」と豊治が言った。
「私もこれは判ります。三島由紀夫が文化は時間的連続性、空間的連続性と言った言葉を使っていますね・・」竜二は記憶に残っている文字を口にした。
さらに続けて「唯物論者が理解できない‟祈り”は文化であると僕は思います」と言った。
・・・・
列車に揺られながら妻に再会する事が出来るのは‟祈り”という世界。無限の可能性とまだ解き明かされたいない世界。この世界が1次元界か2次元界か、それとも現在私たちが生きている時間と空間を兼ね備えた3次元界か、それおも越えた世界か・・・
確かにあると実感
列車は小刻みな振動音を響かせて山陰本線を下って走り続けていた。太陽が日本海の上に輝き続けていた。
紙袋の中の三島由紀夫の文庫本に淡い緑の付箋をした箇所があるのが目に入った。
次回に続く