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小説 ♪絶唱♪

ドキメンタリ-風小説絶唱
epilogue《エピローグ》小説それから
第3部 こころ 75歳になった男が感じる天の役事
第2部 共鳴太鼓 未来を背負う若き世代の物語
第1部 やまぶきの花 戦後まもなく生まれた男が生きた昭和、平成、令和の物語。

  

これまでのあらすじ

 今年の初頭逝去した妻とよ子の実家に訪れた。義兄一家の歓迎に驚き、恐縮した。橘竜二が知らない処で妻とよ子が祝福結婚以来50年に渡って心を尽くして親族と交流を深めていたのを知った。義兄竹下豊治の口から妻とよ子が義兄一家を伝道し、その子供たちも信仰を持ち始め、子供たちも信仰2世として成長しているのを知って驚いた。竜二は自分の不甲斐なさの事実を知った。すでに竜二の親族の多くは亡くなっていたが、父母や親族に囲まれて生活した地で感謝の祈りを捧げたい気持ちになった。心底から。

 

 故郷が呼んでいる!

 列車が海岸線を下ってゆく。緑の木々のトンネルを抜けて走ってゆく。しばらく走ると車窓に室内の電灯が反射して本物のトンネルの中を通過しているのが判る。走行する列車の右手の木々の先に日本海が顔をだす。

 

 竹下豊治が横の座席に座って話かけてくるようだった。

 無人の駅舎を通りすぎて最初の停車駅は大田だった。市の玄関駅にしては列車の乗り降り客は少なかった。

到着から出発までわずか1分の乗降時間で出発した。

 列車から見える風景は駅周辺は家並みが見えたが、すぐに草木が線路沿線に広がっている光景だった。

 

 竜二は出雲駅の売店で買った弁当を広げ、豊治の妻が紙袋に入れてくれていた缶コーヒーを開けて口にした。苦味の強いコーヒーだった。

 

 紙袋の中の文庫本の一冊の中から綺麗に四つ折りされたA4のコピ-用紙が覗いていた。豊治がメモ書きした用紙には天皇系図が記載されていた。注釈に古事記と日本書記に文字があった。

さらに天皇陵といわれる埋葬地の一覧のコピ-(宮内庁のホームぺ-ジから)も別紙としてあった。

 竜二は手紙と文庫本に挟まれていた用紙を手にして豊治のメモ書きをもう一度みた。

昨夜、豊治は言った。

 「確かに“作家三島を理解するには彼の成長していった時代環境と天皇を理解しなければ解けないだろう。どのように、どの観点で、どのように連続的に、どのように空間的に紐解いてゆくか?”だ」と・・・

 

 昨夜義兄が妹とよ子から家庭教会の信仰をもつようになった経緯を語る背後に苦悶の履歴が込められているのを感じた。竜二が育った環境とは雲泥の差だった。なかでも祖父の実家が神社の神主の家だった事による豊治の心の内面など想像することすらできなかった。

 

 列車はガッタン、ゴットンという単調な連続音を奏でながら時々見える日本海、時々窓ガラスに室内灯が反射するトンネルを抜けて走り続けた。仁万駅、温泉津駅、江津駅、波子駅、三保三隅駅と続いて13時24分に益田駅に到着した。距離130キロ、1時間43分だった。

 駅からタクシ-で予約していたホテルに着いた。

 

街は静かだった。古代の静けさが続いていた。高校生の頃に万葉の歌人柿本人麻呂の終焉の地だと教えられた記憶が蘇ってきた。古文の時間だった。

 部屋に入って荷物を置き、明日早朝、実家のあった日本海を臨む故郷に出向くためレンタカー会社で車を借りた。

 車に慣れる必要も有って海岸が見える国道191号線を下っていった。左手に大きな工場の煙突が見える。大橋を渡ると右手に大きな風力発電にプロペラが見えた。更に走ると右にホームセンターやタイヤショップと並んだショッピングセンターの駐車場に入っていった。

センターの2階に書籍売り場があったがコミック本が多くて目当ての本はほとんど無かった。

再び車に乗って山口方面に下ると国道の横に駐車場が有った。国道に沿って砂浜が拡がり波が打ち寄せていた。駐車場には乗用車が3台ほど止まっているだけだった。浜辺に降りて砂に足を取られながら歩いた。波ぎわに打ち寄せる波は静かだった。この持石海岸にある長い三里ケ浜と呼ばれる砂浜から見る夕陽を見る時間には少し早かった。車に戻りラジオをスイッチをいれると韓国語が聞こえてきた。歌番組の放送中のようだった。

 いつの間にか寝入っていた。

 駐車場の横の国道191線を高速で走るトラックのエンジン音で目が覚めた。目の前の日本海に太陽沈み始めていた。黄金色の光が水平線の彼方から真っすぐこちらに向かって刺しこんでくる。最後のエネルギ-を放出するようだった。

海中に太陽が沈んでゆく。

球形の太陽の上先端が海面に落ちると海面の輝きが少しずつ力を失い代わりに闇が覆ってくる。

 

 この光景を小さい頃何度も眺めた。いつも悲しみが闇と共に押し寄せるようだった。

「太陽が沈むということは死を意味する事」だったと思っていた。

 家に帰ると台所の裸電球が灯って母親がいるとホットした。高校時代は家に着いても真っ暗闇の時が何度もあった。孤独を抱えていた毎日だった。

 

 長い年月を越えた今。この光景を目の当たりにして思うことがある。

信仰を持っていなかったなら如何な感情が沸き上がってくるのだろうか?

 ・・・・

 太陽は明日また昇ってくる。そして夕方『全力を出し切って自分に託すモノを渡して』・・・

 太陽は知っていた。死後の世界が確実にある事を教えていた。夜もこの日本海の海流も太陽と月の引力の作用で満潮と干潮が起こり、海流となって全世界を廻り続けている。腐らずに

 

 闇のなか車に戻ってエンジンをかけてホテルに向かってハンドルを切った。先ほど見た海岸に先の海に漁船の漁火が見える。一つ、二つ、三つ・・・・。

 来るとき寄ったショッピングセンターの駐車場の傍にラーメン店で夕食を終え国道9号線と191号線の交差点近くのホテルに入った。

 

 部屋でWi-Fiでパソコンで万葉の歌人柿本人麻呂を調べてみたくなった。

 あれこれ錯誤しながら奈良県の『万葉文化館』のホームぺ-ジにたどり着いた。奈良県立万葉文化館

・・・・・ 

万葉集に残された歌の中で人麿の死を哀悼した挽歌や、その昔益田沖に存在した島「鴨山」での辞世句があったことから、人麿終焉地として有力候補の一つとなっています。

萬葉集巻二(223)『柿本朝臣人麻呂、石見國に在りて死に臨みし時に、自ら傷みて作る歌一首。

鴨山の岩根し枕けるわれをかも知らにと妹が待ちつつあらむ」(柿本人麻呂)

「「鴨の山の岩を枕としている私を、何も知らずに妻は待ちつづけているのだろうか」

万葉集には先の歌に対する妻からの返歌が載ります。
「な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひざらむ」(依羅娘子・よさみのおとめ)

後ろ髪を引かれる思いで旅立った男は、幾度も振り返り見て女を探す。そんな思いが伝わるかのように、女も再び逢える日を願って恋心を募らす。古代人の情熱的な恋愛がここに歌われています。

・・・・・

 恋しい人よ!!!

 

 次回に続く