これまでのあらすじ
故郷の近くの益田市で一泊した。日本海に沈む夕日をみながら自然の神秘さと美しさに魅入ってしまった。幼少のころ同じような光景を何度も見た。沈む夕日と押し寄せる夕闇は幼い心をますます孤独にし絶望の淵まで誘うようだった。長かった昭和、平成、令和の年月を経ながらこうして海に沈む夕日を眺めて、心に沸き上がってくる思いが自分の成長した姿だと思うようだった。
太陽がまた昇ってきた。いよいよ生まれ故郷を自分の目で確かめる日になった。周りを萩市に囲まれた町。阿武郡阿武町。
すでに竜二の親族の多くは亡くなっていたが、父母や親族に囲まれて過ごした土地で感謝の思いを捧げてこようと思った。レンタカーで30キロの距離を走る。信号は数か所だった。混雑など有るはずがなかった。トンネルを5カ所に抜けると右手に集落が見える。竜二が高校卒業まで過ごした集落だった。
国道から集落に抜ける道に入る。広場に町営バスが停車して出発時間まで待機していた。車体の横を川沿いに下る。途中から国道下にできているトンネルを抜け曲がりくねった山道に入った。輸送用の小型トラックの後ろを走る。トラックは駐車場に入ってバックしながら工場の出荷口に入っていった。
工場に鶴双工業と有った。
竜二は急斜面の山道をヒヤヒヤしながらハンドルを連続して切った。山道が続き平坦になった処に駐車場があった。車を停め徒歩で竹葉林に囲まれた山道を登った。父の墓は脇道を二つ過ぎた処と記憶していた。
母親の実家の墓所の横に父と母が眠っている墓石があるはずだった。父親の葬儀の時は竜二も参加した。母親の葬儀は姉の住んでいた大阪で姉夫婦が全て執り行ってくれて遺骨はこの地に埋葬してくれた。
竜二は両手を合わせて頭を下げた。
何を言っても言い訳に過ぎないような気持になってただ頭を下げて耳の奥底から聞こえてくる声を待った。
泣き虫だった幼稚園の頃の記憶が蘇ってきた。祖母に連れられて登園した。竜二は下駄箱に着いて上履きを忘れたのを思い出した。祖母を探しに大急ぎで入口に引き返したが誰もいなかった。急い祖母と来た道を引き返したが家には帰っているはずの祖母はいなかった。竜二は「捨てられたん!」と思った瞬間、真っ暗な孤独が襲ってきた。しばらく疲れるくらい独り泣きしながらいると祖母が帰ってきた。祖母は私が園に入ったのを見届けて安心したのか近くのお店に買い物に行ったと判った。その日、幼稚園は休んだ。
登り口の方から声が聞こえてきた。お盆を前にして墓掃除にきた家族連れだろう。小学生くらいの女の子の声も交じっていた。そういえば夏休み時期だった。
登ってきた家族連れに顔を向けた時だった。小学生の女の子と両親らし人の後ろから声が有った。
「竜二君・・?・・・!」
「・・・?」
声をかけてきた人が誰か判らなかった。
「柿崎だよ!柿崎由紀夫だよ。久しぶりだね!」
竜二はその言葉で遠い昔の柿崎由紀夫の顔と目が、目の前にいる男と重なった。
坊主頭の男は言った。
「竜ちゃん有難うね」「?」
竜二はお礼を言われた意味が判らなかった。
「竜ちゃんの自叙伝を読ませてもらったよ。こちらにいた高校生の頃の竜ちゃんが何を考え、どんな悩みを抱えているか始めて知ったよ。僕の名前が作家の三島由紀夫と同じなのでその人の話題に夢中になっていると思っていたが、本当は三島の小説から俺が考えられないよう世界を嗅ぎ取っていたんだと判ったんだ。竜ちゃんが就職して『変な団体に入ったんだ』とお盆や正月に来たお姉さんが心配して僕に話していたがその意味が判ったね。一番心配していたのはお母さんだがね。『やがては田舎に帰って来てくれる』と口には出さなかったが期待していたと思うよ。
我が家で、お袋と縁側に座って二人でボソボソと話し込んいたものなぁ。でも、竜ちゃんの母親って我慢強いね。『帰郷してもあの子の希望する仕事などないものなぁ。小さい時から勉強は好きだったが、学校に出してやるお金は無かったものなぁ。せめて自分の思った通りに生きてもらいたい。後悔しない人生を送ってくれたら思っているんだ』と何時も言っていたなぁ。
ところであの‟自叙伝”良かったね。俺はアノ本を孫たちに聞かせてやっているんだ。昭和30年代の貧しい時代が映すように書いてあるものね。特に高校生になる孫には良い教育材料なっているんだ」と言った。
今から確か4年ほど前だった。元内閣総理大臣安倍晋三が奈良県奈良市大和西大寺駅北口で銃撃され死亡した令和4年(2022年)7月8日の1年前だった。
ある思いから自分の過去を小説風にした自叙伝を手作りの本にして親しい友人やお世話になった人たちに贈った。自分の自叙伝と合わせて竜二が信仰している旧統一教会、いまの家庭連合の韓鶴子氏著書「平和に母」と一緒に同封してレターパックで贈呈した。
3年ばかりアルバイトで入った食品製造会社の社長にも送った。その社長は「貴君の言動から思えば然(さ)もありなんと理解しました。送って頂いた書籍は全く興味ありません」と短いながらショ-トメッセージを入れてくれていた。それからも毎年の年賀状の挨拶は送ってくれている。また、京都に住む従兄は「全く知りませんでした。いといろ困難な世界を通ってこられ私などの苦労など足元にも及びません」と書いてきた。
柿崎由紀夫は電話だった。「竜ちゃんの奥さんすごいね。アンタのところの教祖と一緒に韓国やアメリカさらにヨーロッパのバルト三国の一つラトビアまで出かけたと書いて有ったね。それにアラスカまで。ところで竜ちゃんも一緒じゃあ無かったの?」と聞いてきた。竜二は「僕はずっと日本で、外国と言えば教会の本部がある韓国だけだよ」と電話で喋った記憶があった。
女の子の手と手をつなぎながら柿崎由紀夫が言った「奥さんは?一緒じゃないの?」と聞いてきた。
竜二は昨年から今年にかけての出来事、妻の逝去を口にした。
今まで快活に喋っていた柿崎由紀夫は「そう・・なの」と口にした後、次の言葉が出て来なかった。
「こうして故郷に帰ってこようと思ったのも、妻の故郷の広島県と島根県の県境の実家に挨拶に訪れて急に思い立ったことなんだ。こうして柿崎君に会う事ができて良かった。集落も家が少なくなって空き地が増えたね」
「そうなんだ。独り生活者ばかりだよ。我が家も子供たちは萩市内で上の孫は広島の大学だからね。将来は外国に行きたいと言っているしね。この集落も後10年存続するかなぁ」由紀夫は孫娘を見ながら言った。
橘竜二は柿崎由紀夫の顔に中学校時代の顔を重ねてしばらく話し込んで別れた。
帰りは左側が海だった。益田市近くになると国道すぐ横が海だった。この海岸線は10キロ以上は有りそうだった。途中に小さな駐車場があった。海岸線に並んで横並びに10数台並べる。
日没には間が有った。白い波が海岸線向かって押し寄せてくる。真っ青な海と白波の日本海。
家にいるころ自転車で駅舎から自宅までの1キロの道路から見える日本海が生きているのを何度も見せられた。穏やかな海、海からの風にのって糸を引きながら海岸に向かって襲ってくる波、空は青空、連続して打ち寄せる白波・・・
波に誘発させられる人間の感情、躍動、跳躍、思考の深淵、忍耐の持続、深呼吸に似た落ち着き・・・
海は言葉は語らないが、様々な感情を表現していると思った。
レンタカー会社に車を返してホテルに入った。シャワーを浴びて夕食に出かけるには時間が早かった。
ベットに寝転んでいると睡魔が襲ってきた。
竜二が‟自分史もどきモノ”を友人や縁あった人に送った時の動機を問いただされている夢だった。問いただされているのは自分、問いただしている男も自分だった。奇妙な夢だった。
柿崎由紀夫に贈った本と自分の自叙伝もどきモノを読んでくれていた事に少し心を動かされた。そもそもの発端は「自分の信仰告白を身近にいた人たちに宣言しておこう」という些細な動機だった。
翌朝10時55分萩・石見空港発、12時25分東京羽田空港着のANAに乗り込んだ。
‶ささやかだが育ててくれた方に少しばかりの恩返しができた旅”だった。
気分は晴れていた。
次回に続く