これまでのあらすじ
橘竜二は今年早々逝去した妻の実家に挨拶と妻が幼少の過ごした野山の地を慰霊を込めて訪れることにした。
東海道新幹線、山陽新幹線と乗り継いで広島駅に着いた。結婚して初めて訪問してから50年の歳月が過ぎていた。確か山陽新幹線がその年の3月5日岡山博多間が開通した年に挨拶に訪れた。広島駅と周辺地域の変貌にはびっくりした。翌日、妻の故郷の庄原市の妻に実家付近は衰退でショックはさらに大きかった。
妻の故郷を訪れた事で竜二は自分が生まれ育った山陰の海岸線にある自分故郷の両親のお墓参りをして今までの親不孝だった自分を詫びなければならないという思いが沸き上がってきた。
墓所で同じ集落の幼友達と偶然顔を合わせる事が出来た。思えば5年前、自分の過去を綴った小冊子と信仰している家庭連合(統一教会)の教祖である韓鶴子女史の自叙伝と合わせて贈った。旧友は孫の女の子と一緒に墓掃除に来ていた。この友人は60年の年月を飛び越えて心を通わせてくれた。
竜二は思った。過去に出会った人は脳裏の記憶に有る人でだけではなかった。人が人と出会う事は”心の源泉を共有し、お互いに育てあう”ことではないか?と思うようになった。友人も夫婦も・・・
橘竜二はこれまで何時も飛行機の座席指定は通路側にしていた。この益田・萩空港の便は空から故郷と山陰海岸と海を眺めて見たいという思いが強くなって窓側を指定した。日本海を空から眺めた時に懐かしさの大きな波が心の内側から溢れでてくると期待した。
飛行機は上昇してして間もなく窓の外は中国山脈の地形図のような世界が広がった。期待した日本海はほとんど見えなかった。
手元のスマホに着信のマークが有った。ラインの宛先一覧にある着信マークは女性だった。開くと画面に短い文章と写真が掲載されていた。
写真はロウソクの火が灯った写真だった。溶け落ちたロウが大きな花弁のような模様だった。
「小さなロウソクと言えば我が家の万物のロウソクがバラの花のようになって、今日みなさんに写真をみてもらったところです」とコメントが入っている。
飛行機の座席の背もたれに身体を預けながら3年前の事を思い出した。まだ妻は元気だった。
「青野さんが韓国の祈祷院から記念に持って帰ってくれたローソクなんだって」と言って見せてくれた。
直径7.5センチはある大きなロウソクだった。確か京都の仏閣を訪問した時に見た事のある大きなものだった。
ロウソクの芯は炎が灯っていた事の証明のよう燃え粕になって周辺にも煤が溶けたロウソクに固まっていた。
それ以上の感慨は無かった。
橘竜二はスマホの火の灯ったローソクの画面を見ながらと交わし会話が懐かしく思い返されてきた。
妻の故郷を訪れ、さらに自分が高校生まで過ごした故郷を訪れ両親の墓に手を合わせた。
それらの思いを引きづりながら女性から送られた祭壇前で灯され続けているロウソクの写真を改めてみる。
火が灯されているロウソクは”生きている”と感じた。
生きて役事している。自分の身を燃焼させながらは祈る人の‟願い、思いを送り届けるため”に生きている・・
3年前、使用済みの祈祷院のロウソクを手にして妻とした会話した。
「贈ってくれた人の善意を考えるとこのロウソクどうする??」
「?・・・・」
1時間30分の時間が経過すると東京羽田空港に着陸する。
水中から水面に顔をだすように、静寂な世界から雑踏と騒音の世界に浮かび揚がってゆくような気持だった
次回に続く
