髪を拭かれている間に眠ってしまったらしい。
 ウィリアムが気づいたときにはもう、少女がろうそくの明かりを切っていた。
「寝台で寝たほうがいいわ」

 手元の明かりひとつ。
 少女の髪は明るい金色に輝いた。

「生まれは、どこだ?」
「ずっと北のほうよ」
「ウェスリーという、国より、北か?」
 少女は首を振った。
「きっとあなたが知らないくらい遠い国。
 息まで凍りそうなくらい寒い国なの。
 ……どうして?」
「髪の色が……きれいだ」

 少女は小さく笑った。
「王子様ほどじゃないわ。
 よくある色よ」
「そうか。
 わたしはこの国から出たことがない。
 外国人ともあまり会ったことがない」
「世界は広いわ。
 きっと、あなたが思う以上にね」
「そうか。
 ……そうだな」

 赤色や黒色以外の髪があると知ったのはほんの数年前だ。
 明るい瞳の色も知らなかった。

 自分以外では。

「わたしは、誰なんだろうな……?」
「シュワルド国の王子様でしょ?」
 ウィリアムは自嘲的に笑った。
「この体で?」
「でもあなたはそう名乗ったわ。
 それ以外のあなたをわたしは知らないもの」

「わたしもだ。
 父は国王で、母は王妃で。
 兄は王子で、姉は王女で。
 わたしはいつからか王子と呼ばれるようになって、毎日、常に人に見られ、操られ、……取り残された」

 頭の中に男の声が甦った。
 振り払っても払いきれない、重い声が。


 王命である


 太って指輪の埋まった指はウィリアムを差した。
 男の目は異物を見るように冷ややかだった。


 ここに留まり、城を死守せよ
 王命である

 敵に見つかったら、その身を残さずに死ね
 海にでも、川にでも飛び込むがいい
 一日でも長く敵を引きとめるのだ

 その身一つあればできるだろう
 ここまで育ててやったのだから

 その命、ここで果てよ


 いつのまにか背後には王妃が立っていた。
 扇子で口元を隠し、下賎の者を見るような眼差しでウィリアムを見ていた。
 粗末な身なりで王族の居室に入られたのが気に食わなかったらしい。


 この、王族の恥さらし者めが!



 温かなものが手に触れた。

「まだ間に合うわ。
 逃げましょう」
 真摯な瞳にうなずきそうになる。

 それなのにウィリアムは首を横に振った。
 大きな手に首を掴まれて操られたかのように。

「どうして? 怖いのなら逃げましょう。
 こんなところにいたら危ないわ」
「……ダメだ」

「どうして? どうしてあなたが王様の身代わりになるの?
 王は民を守るものよ。
 逃げてはならないのよ。
 逃げた人のためにあなたが逃げ回る必要はないわ。
 あなたはあなたの命のために逃げればいいのよ」

「わたしは……」
「自分が誰なのかだとかわからないとかいうまえに、まず命を大切にして」

「わたしは……」
「あなたはあなたよ。
 あなたの命は、あなたが守ってあげなくちゃ」

「わたしには……」


 これが最後だ
 最後くらい、役に立って見せるがいい

 口を閉じて立っていればいい
 おまえにはそれくらいでちょうどいいだろう


 何を言われてもただ「はい」と答えればよかった。
 余計なものはなかった。
 過分と思われるものは排除された。

 感情も。
 自由も。
 命も。


 おまえは本当に……
 着飾る以外に役には立たなかったな


 自分は役立たずだ。
 ウィリアムは知っている。
 なぜ自分が選ばれたのか。

 二人の兄が戦死し、弟は父王に連れられていった。
 従兄弟や伯父、伯母たちも散り散りに逃げた。
 残ったのは、王太子と呼ばれるはずだったウィリアムだけ。

 北の大国からの婚姻の申し入れを受け入れることができず、国を救うこともできなかった王子。



「わたしには……役目がある」
「役目?」
「ここを離れるわけにはいかない。
 おまえは逃げ」
 ばちん、と音がした。
 衝撃の後に痛みがきた。

「バカ言わないで!」
 振り上げたままの手が握りしめられる。
「死ぬなら自分のために死になさい! 誰かのためになんて死なないで。
 誰かのせいで死なないで。

 勘違いしないで。
 あなたの命はあなたが守って、終わらせるものなの」

 ろうそくの明かりに少女の頬が光る。
 涙が一筋流れていた。
「待っている人がいるんでしょう?」
「え?」

「生きなくちゃ」
「わたしには……」
「寝言、言っていたわ」
 少女は袖口で頬を拭った。
「クラウスって、言ってたの」
「───」
 胸が痛んだ。

 その名前を聞くだけですべてが遠い昔のことのように思える。
 あまりに遠すぎる記憶は、なのにあまりに鮮明で残酷だ。
 なけなしの勇気も萎えさせるほどに。

「行きましょう。
 夜のうちにこっそり出て行けばわからな、い……」
 少女の言葉がふと途切れた。
 その視線を追って振り返れば、窓の向こうは満天の星が広がっていた。

 いや、その光はあまりにも広がりすぎている。
 城下街のさらに向こうに広がる大地にまで足を下ろしている。
「火か……」
 星は遠くからみる篝火だった。

 シュワルド国王の命により城下町はすでに人気がないはず。
 城に残っていた兵力は王の亡命に付き従って行った。
 ここにはウィリアムしかいないはずだった。
 少女が迷い込まなければ。

「道を……」
「逃げなきゃ、王子様」
「逃げ道がある。
 中庭の井戸を降りて最初の分かれ道を左に進め」
「え?」

「あとはひたすらまっすぐに進むんだ。
 城壁の北西を流れる川の側にある小屋に出る。
 そこから北上しろ」
「待って」
「時間がない」
「でも」
「行け」
「でも」
「早く!」

 突き飛ばすように少女を窓から外に出す。
 軽く飛び降りた少女はウィリアムを見上げた。
 薄暗くて表情が見えない。

「行け!」
「呼んでくるわ」
「何も呼ばなくていい」
「必ず連れてくるから」
「ひたすら逃げろ。
 ただ逃げろ」
「待ってて!」

 少女は走り出した。
 その背に向かってウィリアムは叫ぶ。
「もう何もするな! ただ逃げ続けろ!」

 少女の背中はすぐに闇に融けた。
 小さな足音はすぐに消えてなくなる。

 ウィリアムは露台の手すりにつかまり、堪えていたものを吐き出すように息をついた。

 足から力が抜ける。
 膝を突いて夜空を仰ぐ。

「我らが女神よ……」
 気を落ち着けようといくつかの神の名前を呼ぶ。
 興奮は収まらない。
 足の震えは大きくなる。

「…………クラウス……」

 まずは息を吐き、ゆっくりと立ち上がって空を仰いだ。



 薄暗闇の中、少女シルヴィアは記憶をたどりながら走った。

 あの時は確か近くに川があった。
 その向こうに森のようながあった。
 膝丈の低木がならび、ウィリアムはその向こうから現れた。
 川の側に。

 低木の低木の間。
 自分の髪が絡まった枝。
「あった!」

 走りよって、低木と低木の隙間に向かって手を合わせた。
「お願い。
 失敗しないで。
 もう間違えることはできないの。
 時間がないの。
 お願い。
 通して!」

 シルヴィアは頭を隙間に押し込んだ。





 育ててくれたのは、ふっくらと丸く小さな老婆。
 絵本に出てくる母という人はいない。
 父と言う人にあったのは九歳のときだった。

 父という人は、顔に髭のある人だった。
 父と言う人の髭は、ハイビスカスの花をくれた庭師男の髭より貧相で、外側に向かって細くなっていた。
 それをじっと見ていたら、父という人は二本指で挟んで撫でた。


 おまえはこれから、この方のおそばについて、この方の真似をするのだ


 父という人の手は、その背後の豪華な椅子に腰掛けたお人形のような少年を向いていた。
 少年は薄紫色の化粧をしたまぶたをぱちくりと瞬かせ、にこりと微笑んだ。

 髪は栗色。
 瞳は濃紺。
 極細の糸で編まれたレースを袖と襟に重ねてふんだんに使った、淡いレモン色の上着。
 髪には赤色と桃色のビーズが飾られていて、動くたびにちゃらちゃらと鳴る。

 イチゴ色の唇が開いた。


 ぼくが、おまえの、ご主人さまだぞ



 シルヴィアに言わずにいたことがある。
 自分は本当の王子ではないと、ウィリアムは言わなかった。
 知らないほうがよいと思った。

 知らなくてもよいと思った。

 王太子は病弱だった。
 周囲は第二王子の冊立を求めたが、病弱であることを理由に後継者を代えることを王は躊躇った。

 王太子は戦場に向かわされ、半年もせずに戦死した。
 その数ヵ月後、第二王子が冊立した。
 ウィリアムが彼の影を勤めるようになって四年が経っていた。

 そして二人目の王太子は戦場へ向かった。

 最後の王子となった末王子から刺客の目をそらすため、四人目の王子が作られた。
 その役目には、長年第二王子の影を勤めたウィリアムが自然と選ばれた。
 経験と、王子に似た容姿が災いした。

 ウィリアムは三番目の王子だが、小さい頃は体が弱く、田舎で育てさせていたということになった。
 第一王子の死、第二王子の出征に不安を覚えた王が城に呼び寄せた、と。

 王の安堵は一時のものだった。
 アインス国軍は、シュワルド国で勇将と呼ばれる男の軍を撃破した。
 シュワルド国の戦力は激減した。

 王は、逃げた。



 たった一晩が何年も続いたようだった。
 再び一人になったことを実感するのに、しばらく時間を要した。

 この最後に、シルヴィアという人に会えてよかった。
 今はただ、シルヴィアという少女がいたことがまるで夢のように思える。

 自分はまだあの庭の隅で鬱々と、暗い思いを巡らせているのではないだろうか。
 一人が怖くなって、幻の人影を作り出したのではないだろうか。


 待っていてください


 もしかすると、彼と重ねたのかもしれない。
 彼と少女をすりかえて、迎えなど来ないのだと思い込もうとしていたのかもしれない。

 騎士クラウスは、シュワルド国の第一王女を頼り、援軍を求める書状を送った。
 第一王女は他国に嫁した。夫が早死にし、今は女王である。
 故国のためならばと援軍を送りたいところだが、さらに北にある国との戦いが睨みあいのまま終わりそうにない。
 割ける兵力はないはずだ。

 第二王女は結婚前に亡くなり、第三王女は隣国に嫁しながらも三年前に亡くなっている。
 最初は兵糧などを送り込んでくれたが、シュワルド国の情勢が悪くなると援助は途切れた。

 兄王子二人は戦死した。
 弟王子は国王夫妻とともに逃げた。

 猟師は網を放り出し、農民は桑を捨てたろう。
 車いっぱいに荷物を載せた商人は、またどこかで新しい店を建てるのだろう。

 一国の中に、ウィリアム一人。
 墨を零したようにぽつんとできた染み。

 庭に出た。
 今日は風が強い。
 揺さぶられる髪を押さえる。
 涙は抑えきれなかった。

 また、一人。
 もう二度と会えないだろうと、涙した。

 はっと気づく。
 突然の覚醒に胸が苦しい。

 いつのまにか陽は頂点に差し掛かり、長いことうたた寝していたことを教えてくれた。
 汗をかいていた。
(水を浴びよう)

 一階に降りて井戸の部屋に行く。
 人がいたときは自室の浴室まで湯が運ばれたが、今はそんなこともできない。
 井戸から水をくみ上げ、風呂桶に注ぎ込む。

「王子様?」
 水の音が聞こえたのか、扉の向こうから少女が顔を覗かせた。
「……水浴び?」
「あぁ、汗をかいたんだ」
「それで、水を?」
「そうだ」
「…………」

 火の起こし方がわからないため今まで水で体を拭いていることを知り、少女は目を剥いた。
「風邪を引くわ。
 沸かしてあげるから、少し待ってて」

 風呂桶いっぱいのお湯を沸かすのにはとても時間がかかった。
 それだけでなく、釜から風呂桶に運び、湯加減を見るのだ。
 風呂に入るだけで大変なことなのだと知った。

「背中を流してあげるわ」
「え? い、いや、それはいい!」
「なに慌ててるの? 背中を流すだけよ」
「あ、ひ、ひとりでできるから、い、いいんだ」

「遠慮しないで。
 女同士ですもの。
 かまわないでしょ?」

「え?」
 素の声が出た。

「わたし毎日、お嬢様のお風呂役だったのよ。
 きっと巧くできるわ」
 ね、と少女は笑って、呆然とするウィリアムの手を引いていく。

 上着のボタンをひとつ外されたとき、慌ててその手を掴んだ。
「待て! どうしてわたしが女なんだ!?」
 少女はきょとんとした顔でウィリアムを見上げる。
「どうしてって……。
 女の子でしょ、あなた?」

「わ、わたしは、この国の王子だぞ?」
「そう聞いたわ。
 でもほら、あなたの手は女の子の手だわ。
 大きな服で隠しているけど腰も細いし、何より歩き方が男の人じゃないもの。
 すぐにわかるわ」

「どうして……」
「どうかしたの? 他の人に言ってはいけないなら、言わないわ。
 言わなければいいだけでしょ?」

「……アインスの間者か?」
「わたしはそんなに器用じゃないの。
 髪を洗ってあげるわ。
 きれいな色なのに、もったいない」
 少女の細い指がウィリアムの髪を梳く。

 ウィリアムの髪は香ばしく焼けたパンの皮のような、濃厚な甘さの栗のような色をしている。
 王族の中で唯一、明るい髪の色だ。

「わたしは……」
「王子様と呼んだほうがいいのならそうするわ。
 でも王子様だって、侍女に髪を洗わせるでしょう?」
 少女はてきぱきとウィリアムの服を脱がせにかかる。

 乳母と慣れた侍女以外に肌を見せるのは初めてだ。
 緊張した。
 それを知ってか少女の手つきは、ウィリアムが見られていることに気づかないよう、布で隠しながらの慎重な作業だった。

 風呂桶に追いやられる。
 髪を何度も梳き、香油で濡らし、梳き、指先で頭を揉み、お湯で香油を流す。
 二回ほどそれを繰り返したとき、髪の先からすべての疲れが抜けたようだった。

 体を洗われて大きな拭き布で包まれたとき、ウィリアムはおもわず安堵の息をついた。
「気持ちよかったでしょ?」
「…………あぁ」
 少女は嬉しそうに笑った。

 胸を押さえていた布は籠に放り込まれたまま。
 柔らかな肌着が小さな胸を覆う。
 いつから隠すようになっただろう。
 今はもう慣れてしまって、最初がどれだけ窮屈だったのかも忘れていた。

「……シルヴィア」
「なに?」
 ウィリアムと視線を合わせずに少女は返事をする。
 手首に王子の証しである輪がはめられる。
 いつ見ても囚人のようだ。
 すぐに上着に隠れてしまうが、冷たい感触までは消えない。
「わたしの……わたしの体のことは、誰にも、言わないでほしい」

 シュワルド国王一家が首都を出て半月。
 馬で行けばもう国境に着いた頃だが、淑女たちを乗せた大きな馬車は遅々としか進まない。
 慣れない長旅で不満が口をつき、さらに進みは遅くなるだろう。

 まだ敵に知られてはいけない。
 国王一家が国を出るまでは、誰にも知られてはいけないのだ。
「頼む」

 頼むしかなかった。
 他にどうする術も思いつかない。
 どうしたらこの窮地を抜けられるのか教えてくれるものはいない。
 一人で大きな城にいて、ただ敵がくるのを待っていればよかった。
 敵に見つかったら城の背後の大河に飛び込めば、それで役目は終わるはずだった。

 ただ死ぬだけのものに食料は要らない。
 服を着替える必要もなければ、毎日寝台の敷布を替える必要ももちろんない。
 話し相手も、護衛するものなどもってのほかだ。

 勅命を受けたときは、少しだけ悲しかった。
 未だ実感はわかないが血縁者に、死ねと言われると、まるで自分は手ごでね作られた駒のように思える。
 粘土のあるかぎり大量に作られる駒の、ひとつ。
 それだけの価値しかない。


 今度こそ役目を成し遂げるのだ
 失敗は許さん


 真っ白な顔をした父は、真っ赤な目で娘を見下ろした。
 言うだけ言って背を向け、結局一度も抱きしめてはくれなかった。
 婆やが亡くなって、抱きしめてくれる人が他にいないことを知った。

 涙が出た。

 王宮の一室に一人で立ち尽くし、外の喧騒は他人事だった。
 まるでお芝居を見ているようだった。

 怯える幼い王子の姿より、そのずっと後ろを歩く父の姿が目に焼きついた。
 どんなに熱く見つめても、見つめ返してはくれなかった。

 涙が止まらなかった。
 嗚咽が出るたび喉が痛んで、胸が苦しくなる。



 俯いた視界に脚が入り込んだ。
 そばにきた少女がウィリアムの背中をゆっくりと撫でる。
 むずがる赤子を宥めるように。
 それがとても優しい手だったので、ウィリアムの目からは違う涙が溢れた。

 死を望まれた悲しさと、敵を待ち望むだけの侘びしさと、独りであることの孤独感が、自分の胸を充満していたのだと気づく。

 幼い頃の思い出に浸って現実から逃げ、すべての努力を放棄した。
 生きていも報われないから、死を甘受しようとしていた。

 生きようともせず、進んで死も選ばない。
 曖昧な時間を空想でごまかし、そのときをただ待っていた。

 せめて敵が目の前に来ても逃げれば囮としての時間は延び、他国へ逃げようとするものたちの時間を作ってやれるだろう。
 本当に王命を完うようとするならば、城にとどまらず、敵に足跡を見せながら逃げるべきだ。

『あなたは、自分の命の重たさが、どれくらいあるのか知らないの?』

 それは、誰一人として訊ねてはくれなかった言葉。
 問われれば、知っている、と答えただろう。
 惜しいと思うくらいの重さはあると、答えただろう。

「王子様……」
 優しい声がする。
 暖かな手が背中を撫でる。
 大好きな遊び仲間が、泣き虫のウィリアムをいつもそうやって慰めてくれたように。

 懐かしい。

「会い、た、かった」
「え?」
「も、一度……会いた、かった……」
 手の甲で涙を拭う。
 拭っても拭っても、涙は湧き出す。

「……クーラ、に、もう一度、あ……会いたかっ、た……。
 あの、森、で……大き、な、庭、で。
 も、いちど……」

 別宅で露台越しにではなく。
 城の大きな廊下ですれ違うだけでなく。
 ひざまずかずに、これまでと同じように手を握っていて欲しかった。
 それだけのために城に戻った。

 監視の目の厳しい別宅でなく。
 王子と騎士でなければならない人前ではなく。
 婆やの優しい目に見つめられる、森のような庭で会いたかった。

 そこでは王子も騎士もなく、手をつないでも、見つめ合ってもよかったから。


 わたしの姫君


 もう一度、耳元で囁いてほしかった。

 自分はいつだって、彼の姫でいたかった。
 ずっとそばにいてほしかった。
 彼だけは信じていた。

 少女の声が耳元でした。
 パチパチと薪の爆ぜる音のする部屋で、じっとそれに耳を澄ませる。

 もう一度、声がした。
 信じて───そんな響きだった。