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ぎゅ~ぎゅ~
ぎゅ~ぎゅ~
ぎゅ~ぎゅうどん



牛丼です。
昼行灯さんが作ってくれました。
ご飯炊きとサラダはわたしが担当。

ウマウマでした(^ω^)v
 ビシッとヨウスを指差して、
「いいか?
 この件に関して悪いのは俺なんだからな?
 絶対謝るなよ!?
 二度と謝るなよ!?」
「………………わかった」
 ヨウスは渋々頷いた。
 きっと理解していないだろう。

 はたと気付けば、向かいの席でギルスが腹を抱えて笑いを堪えていた。
 確かに今のは子どもじみたやり取りだった。
 ちょっと恥ずかしくなって、ティセットは椅子に座り直した。

「あー、おかしかった!」
 笑い過ぎて涙まで流したギルスは、さて、と二人を見た。
「今回は、仮に助けてくれたのはヨウスだとしよう」
「本当です!」
 まぁまぁ、とティセットは宥められる。

「わたしはヨウスに礼をしたいのだけど、彼はいらないという。
 ティセットは学費が必要で、君が戻ることができたら、ヨウスにとっても嬉しいことになる。
 つまりティセット、君に学費を貸すことは、彼へのお礼になるんだ」
「…………はぁ」

「受け取ってくれるかな?」
「…………」
 ティセットはヨウスを見た。
 ヨウスは頷いた。

「…………。
 ありがたく、お借りします」
 ティセットは深々と頭を下げた。

「あー良かった!
 これでいらないなんて言われたらどうしようかと思ってたんだ」
 安堵の表情を浮かべたギルスは「ちょっと待っててね」と応接室を出て行く。

「ホントにいいのか?」
 ティセットがまだ少しの不安を抱えて訊くと、ヨウスは苦笑した。
 頷いて、ティセットの肩を叩いた。

 不思議と、肩が軽くなった。



 それからギルスは愛息子を見せてくれて、奥さんとも改めて顔を合わせた。
 ルフェランによく似た優しい面立ちの奥さんは、二人に再会できたことを喜んだ。
 夕食に招かれたが、ティセットは仕事があるからと丁重に断った。

 シドル宅を出て、分かれ道。
「じゃぁ、俺は戻るよ。
 ヨウスも絡まれないように帰れよ?」
「…………わかった」
 家路に就く者はまだ少ない。
 早めに酒場に乗込もうという輩はいる。
 そんな人たちを眺めながら、ティセットはふと、思った。

「ヨウスって、狩り好きなのか?」
「……いや、好きっていうか……。
 自分で食べ物を捕るのが当たり前だったから」
「魚とかも?」
「釣りは苦手だから、仕掛けで捕ってた」
「今度、教えて」

 ヨウスはきょとんとした。
「俺は農家の生まれでさ、虫とか木の実なんかは捕ってたけど、狩りとかしたことないんだ。
 あ、難しい?」
「……いや、仕掛けなら、そんなには」
「じゃぁ決まり。
 ランたちも誘って行こう」

 子どもたちが前を駆けて行った。
 先頭の子が握っているのはお菓子の袋だろう。
 ティセットの小さいころは、甘いお菓子なんて祭りとお祝いごとの日だけしかもらえなかった。

 踏み慣らされた石畳。
 積雪にも負けない石造りの頑丈な家々。
 道いっぱいに並んだ露店。
 ぶつかりあう人たち。

 初めて見た大きな街。
 ドキドキした。
 今もなぜか思い出して、ドキドキしている。
 きっとまた学生に戻れるからだ。
 あの時も、地方官になるためにやって来て、学舎に向かっていた。

「ヨウス」
「うん?」
「俺、学舎に戻るよ。
 たくさん勉強して、偉い人になる。
 いつか、学費がなくて困っているヤツがいたら、貸してやれるだけの余裕のある男になる」
「…………」

 無口な友は多くは語らず、そうか、と微笑んだだけだった。


   *  *


 キュッと帯を結ぶ。
 鏡の替わりに洗面桶に張られた水で寝癖がないか確認。
 前に寝癖をつけたまま行こうとしたら、ルフェランに怒られてしまった。

 眩しい朝日で制服に汚れがないか確認。。
 この前、裾に葉っぱを付けて歩いていたら東寮長ランスに注意された。

 黒板と本を持って、ルフェランたちを待つ。
 先に用意ができたからといって一人で歩いていたら、トルクに迂闊だと怒られた。

 しばらくすると、珍しく扉が叩かれた。
「はい、どうぞ」
 誰だろうかと、椅子から立ち上がって迎える。
 やって来たのは、指導講師のリトリス女史だった。
「おはようございます。
 朝早くにごめんなさいね」

 講師の後ろには、学生が一人いた。
 重い色の制服だから、中等生だ。

「今日から彼が、あなたの同室生です。
 わからないことはないと思うけど、仲良くしてください」
「はい、リトリス講師」
 講師はうっとりとした笑みを返して寮室を出て行った。

 新たな同室生に向かって片手を差し出す。
「今日から同室のクォーズだ」
 差し出した手を、彼はしっかりと握り返して来た。
 互いの視線があって、自然と笑みが浮かぶ。
「ティセットだ。
 ティスって呼んでくれ」



「おかえり、ティス」





『無口な友よ、我は語る』終
 ヨウスと視線があった。
 ほほ笑んでいた。
「ティスは学舎に戻れる。
 俺はティスが戻ってきて嬉しい。
 ちょうどいいと思うけど?」
「…………」

 あまりにあっけらかんと言われ、ぐうぅっと顔が赤くなった。
「バカっ!」



 ティセットは走った。
 ルフェランの家までの近道を駆けた。

 大きな家の玄関扉の前で急停止。
 ちょうど扉を閉めようとしていた家人と目が合う。
「ギルスさんはお帰りですか!?」
「へ、は、はぁ……」
 家人はそそくさと中に入り、ティセットはその場で呼吸を整えた。

 すぐにギルスはやって来て、中に上がるように勧める。
 それを断わって、ティセットは頭を最大限に下げた。
 ふくらはぎの後ろがジンと痛んだ。
「ごめんなさい!
 違うんです!」
「はい?」

「ホントは俺じゃないんです。
 俺はただ言われたようにしただけで、ホントはヨウスが助けたんです。
 俺じゃないんです。
 ヨウスが下に降りて、女の人を布に乗せて上げようって考えたんです。
 俺は足ケガしてたから妊婦さんに触れなくって、人呼んで、道具集めただけなんです。
 ヨウスはすぐに助けに行ったけど、俺は足ケガしてて、どうしていいのかもわかんなくて、ただヨウスが言うとおり、人と道具を集めただけなんです。
 俺じゃないんです!
 奥さん助けたの俺じゃないんです!
 ヨウスなんです!」

 自分の荒い息が自分の耳元で聞こえた。
 もう声はひとつだって出ない。
 膝はガクガクと笑っているし、汗が目に染みて手で拭った。

 クスリと、誰かが笑った。
「……へ?」
 ティセットがそろりと頭を上げると、ギルスは腹と口を押さえて笑いを堪えていた。
「?」
「いや……ごめんよ、はは、ふ……」

 今度は足音がして振り返る。
「……ヨウス」
 こちらも走って来たらしいが、ティセットほどの汗もかいていない。

「あー、役者が揃った!
 中に入りなさい!」
 さぁさぁと涙目のギルスに手を引かれて二人は玄関を潜る。
 そのまま応接室に通された。

「種明かしをしよう、ティセット」
 何のことだか、ティセットにはもうわからなかった。
 とりあえず出された水を一気飲みして、お願いしますと混乱する頭を下げる。

「実は君と会うまえに、その隣りの彼と会ったことがあってね」
「は?」
 ティセットが隣りを振り返っても、ヨウスは視線を合わせようとしなかった。
 相変わらず俯いている。

「お礼をさせてほしいと言ったのに、いらないと返されてね。
 しかたないから、もう一人の居場所を尋ねたんだ。
 もちろん、君のことを義父に訊いたのも本当だよ。
 君が学費に困ってると聞いて、あの店に飛んで行ったのさ!」

 知らなかった。
 ルフェランの姉を助けたのも知らなかったが、ヨウスが先にそのことを知っていたことも知らなかった。
 悪いことでもないのだから、ヨウスも教えてくれたら良かったのに。
 こんな繋がりがあると知っていたら……

(知ってたら?)
 きっとティセットは学費を貸してくださいと言っただろう。
 ギルスは恩義があるからと貸してくれただろう。

 でも、違う。
 ルフェランの姉を助けたのはヨウスであって、ティセットではない。

「わざと、教えなかったんだな?」
 ヨウスは小さく頷いた。
「俺がウソをついてまで学舎に戻れるかもしれないから」
「違う」
「何が違うんだよ?」
「俺が……」
 ヨウスを振り返る。
 俯いたままヨウスは、自分の拳を見つめながら続ける。
「……俺から、ティスの学費を貸してほしいなんて、言えなかった」

「…………」
 まだ続ける言葉はないのかとヨウスを見つめたが、ヨウスはそれ以上は沈黙してしまった。
 ふふ、とギルスが笑った。
「彼はね、自分から言ったのでは友人の意志をねじ曲げかねないから、それとなく切り出してほしいと言ったんだ」
「え……?」

 自分の意志で戻って来てほしいと願った。
 出会いは偶然だったかもしれないけれど、それから行く先は自分で決めてもらいたかった。

 誰かに示されたのではなく。
 何かに流されたのではなく。

「……戻るかどうか、ティス自身に決めてもらいたかった」

「ヨ…………」
 何と言っていいのかわからなかった。
 ありがとうなんてものでもいいのだろうか?
 でもきっと、それでは足りない。
 いくつあっても返せない。

「…………バカ、だなぁ」
 強く叩いたはずのヨウスの肩。
 ペタン、と気の抜けた音がした。
 今のティセットの気持ちと同じ、脱力していた。

「ありがとう」
 意外と厚い肩に置いた手に額を付けて、ティセットは呟いた。

「…………ごめん」
「ぶっ」
 ヨウスのあまりの勘違いにティセットは吹き出した。
「だから謝るのは俺だって!」
「え?」
 わかっていない。
 まったくもって、この鈍感な友人はわかっていない。