ビシッとヨウスを指差して、
「いいか?
 この件に関して悪いのは俺なんだからな?
 絶対謝るなよ!?
 二度と謝るなよ!?」
「………………わかった」
 ヨウスは渋々頷いた。
 きっと理解していないだろう。

 はたと気付けば、向かいの席でギルスが腹を抱えて笑いを堪えていた。
 確かに今のは子どもじみたやり取りだった。
 ちょっと恥ずかしくなって、ティセットは椅子に座り直した。

「あー、おかしかった!」
 笑い過ぎて涙まで流したギルスは、さて、と二人を見た。
「今回は、仮に助けてくれたのはヨウスだとしよう」
「本当です!」
 まぁまぁ、とティセットは宥められる。

「わたしはヨウスに礼をしたいのだけど、彼はいらないという。
 ティセットは学費が必要で、君が戻ることができたら、ヨウスにとっても嬉しいことになる。
 つまりティセット、君に学費を貸すことは、彼へのお礼になるんだ」
「…………はぁ」

「受け取ってくれるかな?」
「…………」
 ティセットはヨウスを見た。
 ヨウスは頷いた。

「…………。
 ありがたく、お借りします」
 ティセットは深々と頭を下げた。

「あー良かった!
 これでいらないなんて言われたらどうしようかと思ってたんだ」
 安堵の表情を浮かべたギルスは「ちょっと待っててね」と応接室を出て行く。

「ホントにいいのか?」
 ティセットがまだ少しの不安を抱えて訊くと、ヨウスは苦笑した。
 頷いて、ティセットの肩を叩いた。

 不思議と、肩が軽くなった。



 それからギルスは愛息子を見せてくれて、奥さんとも改めて顔を合わせた。
 ルフェランによく似た優しい面立ちの奥さんは、二人に再会できたことを喜んだ。
 夕食に招かれたが、ティセットは仕事があるからと丁重に断った。

 シドル宅を出て、分かれ道。
「じゃぁ、俺は戻るよ。
 ヨウスも絡まれないように帰れよ?」
「…………わかった」
 家路に就く者はまだ少ない。
 早めに酒場に乗込もうという輩はいる。
 そんな人たちを眺めながら、ティセットはふと、思った。

「ヨウスって、狩り好きなのか?」
「……いや、好きっていうか……。
 自分で食べ物を捕るのが当たり前だったから」
「魚とかも?」
「釣りは苦手だから、仕掛けで捕ってた」
「今度、教えて」

 ヨウスはきょとんとした。
「俺は農家の生まれでさ、虫とか木の実なんかは捕ってたけど、狩りとかしたことないんだ。
 あ、難しい?」
「……いや、仕掛けなら、そんなには」
「じゃぁ決まり。
 ランたちも誘って行こう」

 子どもたちが前を駆けて行った。
 先頭の子が握っているのはお菓子の袋だろう。
 ティセットの小さいころは、甘いお菓子なんて祭りとお祝いごとの日だけしかもらえなかった。

 踏み慣らされた石畳。
 積雪にも負けない石造りの頑丈な家々。
 道いっぱいに並んだ露店。
 ぶつかりあう人たち。

 初めて見た大きな街。
 ドキドキした。
 今もなぜか思い出して、ドキドキしている。
 きっとまた学生に戻れるからだ。
 あの時も、地方官になるためにやって来て、学舎に向かっていた。

「ヨウス」
「うん?」
「俺、学舎に戻るよ。
 たくさん勉強して、偉い人になる。
 いつか、学費がなくて困っているヤツがいたら、貸してやれるだけの余裕のある男になる」
「…………」

 無口な友は多くは語らず、そうか、と微笑んだだけだった。


   *  *


 キュッと帯を結ぶ。
 鏡の替わりに洗面桶に張られた水で寝癖がないか確認。
 前に寝癖をつけたまま行こうとしたら、ルフェランに怒られてしまった。

 眩しい朝日で制服に汚れがないか確認。。
 この前、裾に葉っぱを付けて歩いていたら東寮長ランスに注意された。

 黒板と本を持って、ルフェランたちを待つ。
 先に用意ができたからといって一人で歩いていたら、トルクに迂闊だと怒られた。

 しばらくすると、珍しく扉が叩かれた。
「はい、どうぞ」
 誰だろうかと、椅子から立ち上がって迎える。
 やって来たのは、指導講師のリトリス女史だった。
「おはようございます。
 朝早くにごめんなさいね」

 講師の後ろには、学生が一人いた。
 重い色の制服だから、中等生だ。

「今日から彼が、あなたの同室生です。
 わからないことはないと思うけど、仲良くしてください」
「はい、リトリス講師」
 講師はうっとりとした笑みを返して寮室を出て行った。

 新たな同室生に向かって片手を差し出す。
「今日から同室のクォーズだ」
 差し出した手を、彼はしっかりと握り返して来た。
 互いの視線があって、自然と笑みが浮かぶ。
「ティセットだ。
 ティスって呼んでくれ」



「おかえり、ティス」





『無口な友よ、我は語る』終