卑怯は違うよ。でも、七江がそう思ったって知ったら。大須先生は、きっと嬉しいと思うよ。
そんなことを言いに来たんじゃない。
このままじゃ大須先生が…
大須先生が……
高校二年生であっても、三学期にもなると流石に受験がちらつき、内申書を気にする生徒も増えてきた。当たり前の流れだし、それは良いことだと七江も理解していた。
しかし、期末試験を受けた後でその事件は勃発した。全教科の中で、体育の点数だけが際立って低かったのである。平均点も著しく伸びず、これでは通知表の評価が正しく行われないのではないかと苦情が殺到した。
七江の耳にも勿論届いていた厳しい意見は、どれも大須先生への批判になり兼ねない内容であった。
七江は酷く心を痛め、張り裂けそうなくらい苦しかった。泣きそうなくらい悲しかった。それでも大須先生の為に何もしてあげられない自分が信じられなかったし、大嫌いだった。
そんな七江の気持ちとは裏腹に、大須先生に対する非難は相次ぎ、一向に静まる気配を見せようとしない。いよいよ学校側は、決断せざるを得なくなった。大須先生が体育を受け持つ、全生徒を対象とした聞き取り調査の実施が決定されたのだ。
丸をつける形式の設問が幾つかと、意見を自由に書く欄が設けられた簡素なものであった。だがしかし、それでも配られた用紙を前に七江はただただ絶句するしかなかった。
次第にペンの走る音が回りから響き始め、七江の恐怖は募ってゆく。
これ、どうなるんだろ…
何も書かないで白紙で出すことが、七江にできる精一杯の抵抗であった。
でもそれと同じ事を、友だちにお願いすることは出来なかった。七江も内申書が気にならないと言ったら嘘になるし。高校生にとって、大学受験は人生がかかっていると言っても過言ではないのだから。
担任の先生が、記入の終わった用紙を回収し去っていく。口々に漏れる友だち等の会話は、少しずつクラス内に広がってゆく。それは七江の予想を遥かに上回り、想像を絶するほど容赦無いものであった。
聞いていると大須先生が余りにも可哀想で、先生の気持ちを思うと七江の目には涙が溢れてきた。居たたまれなくなった七江は、一人で教室を飛び出した。
頭で考えていた訳ではないので、無意識だったと思う。自然と足が向かったのは、担任の先生がいる職員室だった。いつもは寂しいと思っていたけど、そこに大須先生がいないことが今回だけは救いだった。
また つづく。