ディープなフランスからごきげんよう、ドゥミ仙人こと☆Blay典子です。
ご縁をいただき、ありがとうございます。
早速ですが、本日は前回の
に続き、こちら🔽の動画の考察で
日本人の不安と孤独の根本原因2
前のブログで、激動の昭和を生き抜いた両親のことについて書きましたが、改めて色々思いを巡らせてみました。
祖母も両親も「本当に辛い経験だったから、話したくない」と言い、戦争体験を語ることは、ほとんどありませんでした。
が、養老孟司さんが仰っていた「8月15日を境に何もかもが一転した」という言葉から想像すると…
敗戦を経験した日本人全員が、心身ともにぶっ壊され、何を信じていいのかわからなくなった。
その時はとにかく、目の前の生活を立て直すのに必死だった。
子ども達に、食べ物や洋服をはじめとした物を揃えてあげることが第一で、人生目標を教えようにも、何がいいのか、何が確かなのか、完全に見失っていて、教えることは不可能だった…。
深い傷を負った世代を親に持つ私たち世代(現在アラカンです)は、人生における目的を教わっていないのでわからない。
その次の世代、次の次の世代も同じこと。
敗戦から80年を迎えようとしているのに、いまだにその負の遺産が受け継がれてしまっていたことに気づき、愕然としました。
GHQが「日本人を骨抜きにすること」が目的だったと聞くと、今の日本は、まんまとその思惑通りになっていることになります。
これは、日本人の誰一人望んでいないことだと思うので、気づいた人から、気づいた日から、一人ひとりが少しずつできることをして、旧来の日本人を取り戻し、日本が良い国に変わっていったらいいなと思います。
動画に戻ります。
日本人の不安と孤独の根本的な原因とは
「家でも学校でも、人生における目的意識を教わっていないこと」
で、60年代(高度経済成長)あたりからの「家庭崩壊」が関係しています。
家庭が崩壊すると🔽
こうならない為に大切なのは「根をいっぱい張ること」だと、浜崎さんが仰います。
「根をいっぱい張ることが出来れば、AがダメでもBがある、BがダメでもCがある、CがダメでもDがあると、多根的なものがあれば、隷属する必要がなくなる。
例えば、ここがダメだったら、嫁さんのところに帰ろう、もしくは友達のところに行こうとなる。
プラス、そこで話していることが充実している実感があれば、そっちを基礎にして、他方で戦える。」
そして、川嶋さんが
「一つの根の代表として、地域の共同体があげられる。
そこでは、家族内で「夜ごはん、1,000円ね」と言わないように、外側の通貨とは別の価値観がある。」
と仰っています。
私はこれを聞いて、ふと思いました。
それは、日本では家庭内で、嫌な価値観が生まれやすい状況にあるのではないかということです。
フランスの教育費は、高校までは完全無料で、大学の費用も年に数万円の登録料だけ。
勉強は、ほぼ本人まかせにしている家庭が多いように見受けられ、日本のような学習塾はありません。
高校卒業時に受けるバカロレアの資格を取得すれば、基本的には希望する大学に入学することができます。
が、フランスにおける大学とは「学問を極める場所」で、初年度で学生の半分が脱落すると言われるほど厳しいそうです。
少し話がそれましたが、以前、教育者であるフランス人の友達から「国の将来を担う子どもたちの教育が、無償であるのは当然だ」と聞き、深く納得しました。
日本では、世帯年収に占める在学費用(子ども全員にかかる費用の合計)の割合は、平均約15%だそうで、教育が一大ビジネスになってしまいました。
また少し話がずれますが、日本では、今や恋愛さえもビジネスになってしまっています。
もとい、そんな日本で起きていがちなこと(あくまでも、私の想像です)🔽
教育費を出す親は、自分(親)の価値観で「我が子の為に一番良いに違いない」あるいは「私が出来なかったことをして欲しい」と思う道を歩ませたく、子はそれに従う。
でも、ある日、子どもはそれは自分(子)の本心ではなかったと気づく。
でも、高い教育費を出してもらっているし…逆らいづらく、正直に言えない。
親は、自分の望み通りにならないと「あれだけしてやった(お金をかけてやった)のに」という気持ちになりやすい…
高い教育費が、家庭崩壊の一因になっていないでしょうか?
教育費に親の負担が必要のないフランスから見ると、その存在が、親子関係を複雑にさせてしまっているように思えてなりません。
そして、教育費の負担がなくなったら、もっと楽しく子育てができそうだし、少子化をはじめとした大切な問題が、結構解決されるような気がします
というわけで、だいぶ長くなったので、この続きはまた次回。
最後は、お祈りです。
毎日のたくさんのお力添えとお導き、そしてお守りをありがとうございます。
世界の一人でも多く、1日でも早く、平穏無事に過ごせる日が来るよう、最高最善のお力添えとお導き、そしてお守りをお願い致します🙏
ではまた次回、A la prochaine !ア・ラ・プろシェンヌ!