旅立ち 11
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「あぁ?!逃げてンじゃねーよ、てめぇら!!」
クライズが呆然と見送っていると、その男達の追手らしき主の声がした。声の感じから若い血気盛んな青年のようだ。彼は振り返ってその声の主を確かめようとした。
一方、リリアナを襲った6人のならず者達を追っていたブロンドの青年もまた、この場にふさわしくない貴族風の女に驚いて思わず目を奪われた。
二人、意図せず視線が絡み合う。
(…海だ。)
その瞳に、そんな感想を持ったのはどちらからだったろうか。互いに一瞬、地平線の彼方に広がる海がその脳裏に掠め…青年のほうは眩しそうにその目を細めた。
「危ねーぞ、ねえちゃん。」
銃を構えたままの手をようやく下ろして、青年はクライズに話しかける。本当は「ねえちゃん」ではなく、「おにいさん」なのだが、彼がそれを知る由もない。クライズはそれに微笑でこたえた。
「ちょ、シリウス副船長、足早すぎ!」「絶対に煙に巻かれると思いましたよ…副船長に!」
ほどなく、青年の連れらしき二人連れが追いついてきて、その言葉で青年の名がシリウスだと知った。
「うっせぇ、俺は本当におまえらも煙に巻いて、あわよくば逃げる気だったんだ!」
あいつらには逃げられちまった。なんて頭をぼりぼり掻きながらぼやくシリウスの、その右手に握られた銃がクライズは気になった。
(あれは何だ?)
思案げに眉をひそめる。彼は長年の経験から十数種類の銃を見たこともあるし、自分自身使用したこともある。あまり銃を使うのは好まなかったが、ともかく自由に使える環境にはあった。が。その彼も今まで一度も目にしたことが無いような代物だ。何より弾を発射する為の火縄が無い。だからって玩具のようにも到底思えない。その銃身は見るからに本物の銀でできているし、施されている細工が半端じゃなかった。相当な値打ちものに違いない。だとすれば、考えられる結論はひとつだけ。
(海軍が開発した新式銃…か。)
確かにそういう噂が最近、流れているのは事実だ。海軍が今までの銃とは比較にならない程の武器を開発した…と。
だが、目の前の青年が海軍将校とは到底思えなかった。服は上も下もよれよれだし、服もさることながら、その顔も泥でうす汚れてしまっている。もっとも、その泥を落として衣装を着替えてばっちりと着こなしたなら、公爵嫡子と言っても通用しそうな美しい顔立ちはしていたが。
「ところで、ここであんたは何やってる?」
シリウスがクライズを見やり、そう訊ねる。彼もまた、供も連れず真夜中にこんな場所を歩いていた庶民らしからぬ女を不審に思っていたのだ。
クライズが口を開こうとしたその時、遅れて到着した最後の「客」が歓喜の声をあげた。「クライズ!!」
胸に飛び込んできたリリアナを、驚きつつもその腕にしっかりと抱きとめ、
「来てくれた、来てくれたんだねぇ!!」
言って、おいおいと泣き出した彼女の背中をさすってあやしながら、彼はまたかと苦笑しつつ彼女に耳打ちした。「この人達は?」シリウス達のことを聞いているのだ。
リリアナは、それでようやく、パッと笑顔を浮かべると説明しようと口を開く。「この人達は私を…」
助けてくれたんだよ。と、いいかけ、だがそれは思わぬ声に遮(さえぎ)られた。
「ちくしょー!せめて女はぶっころしてやらぁ!!」
ヒュン!何かが風を切ってこちらへ来る!一瞬でそれを悟ったクライズは、頭で思うより先に体が動いていた。リリアナを庇うように抱き込み、そのままの格好で片脚を軸にして回転し、もう一方の足で蹴り飛ばす。金属特有の澄んだ音とともに、大振りのナイフが跳ね飛ばされて地面に落ちた。
それを見て、立ち去ったと見せかけ物陰に隠れてふいを突いた6人だったが。慌てて逃げようとする。だが----------
「どうあっても死にたいらしいなぁ。」
すぐ背後からそう囁かれて、驚いて飛び上がった。肝を冷やすとは、まさにこんな時言うのでは無かろうか。彼らは胸に突然氷柱でも突っ込まれた気持ちになった。自分達と、やつらが居る場所とはかなりな距離なのに、いつの間に背後まで迫ったのか。そんなことおかまいなしに、銃を6人に突きつけたシリウスは言う。
「一度は見逃してやったが。堪忍袋の限界だ。おまえらは、ここまでだな。」
それに逃がすとまた、あの娘を襲いに来そうだしな。最後は独り事のように言い、男達にあらためて銃の照準を合わす。手の銃は二丁に増えていた。いつの間に…?
その後はまるで一瞬の悪夢のようだった。彼が両手に銃を持ちその身を翻しながら2発3発と発射すると、男達は右往左往しながらちりぢりに逃げようとしたが、その背中を驚異的な正確さで撃ち抜かれていった。銃声がきっちり6発鳴ると、後には男達の重なった屍だけが残った。
その様子を、クライズだけが遠目にしっかりと見ていた。リリアナ達はおそらく、夜の闇と距離もあって、銃声と弾を発射する時の火花ぐらいしか見えていなかっただろう。
(あの男…。)
はじめて見る素早い動きと銃の扱いに、久しく忘れかけた競争心が、湧き上がってくるのをクライズは感じた。恐らく彼は身軽さと銃の腕だけなら軽く自分を凌いでいる。
「ねえちゃん、あんた凄いなぁ。」
クライズの気持ちを知ってか知らずか。シリウスは歩いて戻って来ながら無邪気な子供のような顔で、彼がナイフを蹴り飛ばした時のことを褒めた。
それに向かい、「あのね、この人は…」
笑顔を取り戻したリリアナがくすくす笑いながら何か言おうとするのを手で制して、
「残念だったな。俺は『お兄さん』だ。」と、不機嫌そうな顔で言い返したのだった。
>>12に続く
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