旅立ち 01 | 無料※スト重視BL小説 髑髏を掲げし者たちへ

旅立ち 01

今日も市場はにぎやかだ。港町がにぎやかなのは何処も同じだが、

このトルトウ―ガはどこの港町よりも陽気だと感じる。

陽気で…そして何処よりも危険。


乱雑に並ぶ食料品店のテントの隙間を縫うように、ドレスの胸元を大胆に開けて

どこか場末(ばすえ)の匂いを漂(ただよ)わせて綺麗に化粧した女達が立ち並んでいた。

とくに何か買うわけでもなく、人通りを目で追い、時々通行人を呼び止める。

太陽はまだ真上だというのに、早くも売春婦達は稼ぎに出て来たようだ。

けれどもここには、それを咎めるものはいない。

ある者は彼女達に陽気に手を振り、ある者は進んで話しかけに行っていた。

おのぼりと思(おぼ)しき青年もまた、馴(な)れないしぐさで一人の赤毛の娘に話しかける。

だが娘は、眉間に皺を寄せ、あきらかに迷惑そうな顔をしていた。


「あぁ、駄目ダメ!私は年下は苦手なのさ」


邪険(じゃけん)にされつつも、なおしつこく青年が食い下がったのか、とうとう娘は

通り中に聞こえるほどの大声で声を荒げた。

さすがに道行く者たちも足を止めて振り返る。


「そこをなんとか…」


真っ赤になりながら、青年はなおも懇願(こんがん)するように言う。

最後のほうはぼそぼそと口ごもるもので周りは何を言ってるか聞き取れない。

聞き取れないが…売春婦にお願いすることといったらひとつだけだろう。


「あのさー坊や。お姉さんは…そうだねぇ」


娘は周囲を見回し、恰幅(かっぷく)の良い壮年(そうねん)の男性を見つけると

赤いマネキュアを丁寧に塗った細い手で指差した。


「あんな感じの旦那が好みなのさ」


青年に見せ付けるようににんまりと笑いかけ、


「旦那ぁ、寄ってかないかい?この子がしつこくて。助けておくれよぉ。」

と鼻にかかった甘えるような声で呼びかけた。


騒動(そうどう)をなんとはなしに眺めてた男も指さされた時は驚いたが、

さっきまで飲んでた酒の力もあってかにんまり笑うと女のほうへ歩み寄る。


「いいぜぇ。こんな若造相手じゃ経験できないようなヒィヒィ言う目に合わせてやる」


やだよぉ、もう。なんて女も笑いながら、じゃれ合うように路地(ろじ)の向こうに消えていく二人を

見送って青年はがっくりと肩を落とした。


「おしかったなぁ、坊主」「なに、女は他にもいらぁな!」「元気だせよ!」

なんて野次馬よろしく集まった男達が肩を叩かきながら励ますと、

青年はそちらを振り返ってぺこりと頭を下げた。

旅人帽を目深に被ってるので顔はよく見えないが、きっと照れ笑いでもしてるのだろう。


と。突然通りの向こうで叫び声が聞こえてきた。

「泥棒!」

そちらに目をやれば、まだ幼い子供が両手いっぱいにパンを抱えて走ってくる。

後ろには棍棒を振り上げたパン屋の店主が追ってきていた。


青年はため息をつくと、子供の前に立ちその襟首を掴んで止めた。


「あ、ありがとうございます!」


息を切らせながら追いついた店主が頭を下げた。


放せよ、チクショー!バカ、ボケ、○○野郎!


知ってる限りの汚い言葉で罵倒(ばとう)しながら暴れたが、ピクリとも動じない襟首を掴んだ手に

子供は青ざめていた。

盗みはご法度。とくにこの治安の悪い町では赤ん坊でさえ容赦なく極刑(きょっけい)にされる。

そうしなければ盗みが絶えないのだ。にぎやかな反面、この町は貧しい者も多かった。


「店主、この子が盗んだ代金僕が立て替えるよ」


青年の口から、信じられない一言が放たれ、店主と子供は同時に驚きの声を発した。

海賊(かいぞく)が創設したこの町に、そんなことを言うお人よしはほぼ皆無なのだ。


「い、いやそれはなんねぇ。そういうのはその子の為にもよくない、クライズの旦那」


店主が慌てて断るように両手を目の前で振りながら言うと、青年の口から微かな笑い声がもれる。


「なんだ、バレてたの。」


話が見えない。だがとりあえず話こんでるうちに逃れようと、子供はまた暴れ始めた。

店主に銅貨を数枚握らせ、青年は子供に耳打ちする。


「もうこういうのは止せ。そのうち役人に捕まって死刑だぞ」


わかってる。わかってるが…家にはお腹を空かせた妹達が居るし、身内は年老いた祖母だけだった。


「うっさいやい!商売女にまで振られてた甲斐性なしのくせに!」

言うつもりは無かったが、思わず口走ってしまった。助けてくれたのに酷いことを。

慌てて子供は自分の口元をおさえようとして…両手にパンを持っていることを思い出した。


「はは。見てたんだ」

青年は、まいったなぁ。そうぼやきながら、子供の顔を間近(まぢか)に覗(のぞ)き込んで笑いかけた。


「仕事が欲しいなら、思い出横丁の古売屋(こばいや)ヴァインズを尋ねてみろ。いいな?」


もう顔は笑ってない。だが、その透き通るような青い真摯(しんし)な瞳に見つめられ、

子供は自然にうなずいていた。


「良い子だ。」


頭を撫(な)でられ、ハッと我に返ったときはもう青年の姿は人ごみに消えていた。

子供は今みたものが信じられずに長いことぼんやりしてしまったのだ。


間近で青年の顔を見て…気がついた。青年のあまりの美しさに。

昔、亡き母に読んでもらった物語に出てきたセイレーンの挿絵にそれはそっくりだった。


きっとさっきの赤毛女は目が悪かったんだ。貧しい生活で目を病むものは多い。

じゃなければ…あんなに綺麗な人に求められたら誰だって。


子供はさっきの一瞬の幻のような顔を目蓋(まぶた)から追い出すように頭を振ると、

腹を空かせて待ってる妹達のもとへ急いで駆け出した。



>>02に続く.



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