見ず知らずの道を歩くことの楽しさを改めて体感できた気がする。
それは僕自身歩くことが好きであることと
旅をすることが好きだからなのかもしれない。
それでも、目的地はまだなのだろうか
本当にこの道で合っているのだろうか
そんなスリルを味わいながら進むという行為が
人生にも類似しているようで不思議な味わいを醸し出すことができる。
ただ歩くだけでなく
その街の風景を観察しながら
流行ってる店いない店
大衆的な居酒屋アダルトなバー
スーパーから出てくるおばさんファーストフードでたむろする高校生。
いろいろと目を向けることでその街の住民性も垣間見ることができる。
今日は三軒茶屋で降りて小田急線を目指した。
目的地を小田急線としたのは、三軒茶屋を素直に北上したらどの駅にぶつかるのか分からないから。
もしかすると線路にぶつかるかもしれない。
それならそれでいい。
道は少し入り組んでおり、この道が本当に北上しているか分からない。
北西気味に続いてるかもしれないし真西に歩いているかもしれない。
実際は道標がちゃんとあるので迷うことはないにしろ
初めて通る道、また距離の不安に若干冒険心をくすぐられる。
特徴の少ない道から徐々に感じる街の匂い。
苦労して街に辿りつく感覚はRPGに近いかもしれない。
1次会を1本締めでまとめる大学のサークルの集団。
女っ気のないまま飲み歩く男性二人組。
夜の街の隆盛をあざ笑うかのように静かに進む外国人女性。
静かに歩みを進めていた分些細な光景も目に焼き付いてくる。
着いてみるとあっという間に感じるが
もう一度来た道を戻れと言われると気が滅入る。
すなわち感覚以上に歩いたのだろう。
これが無駄か無駄じゃないかは人によって異なる。
だが歩いている間はただ目的地を目指すというシンプルな行為のおかげで頭の中は自然とすっきりとする。
だから周りの光景がとんどん脳裏に刻み込まれていったし
逆に自分を客観的に見ることができる。
これがよく知る道だとそうもいかない。
もしも人生において何か壁にぶつかったとき
自分の歩いてきた道を何度もなぞるのもいいかもしれないが
ふらっと見ず知らずの道を歩いてみるのもいいかもしれない。