好きなことだけをしなさい。


嫁いだ先の義父が言った、たったひとつの家訓だった。


最初は仰天した。


義父は勤め先の顧問でもあり、会長だったから色々相談もした。

にこやかに『そ~だねぇ。なるほど、なるほど。もっともだねえ』と聞いてくれる。

義父のにこやかなリアクションに隠された本音にはすぐに気が付いた。


『聞いてないのだ』


つまり好きなことだけをすれば、

愚痴も相談も不安も期待も思惑も心配も、生まれない。

『君がしている事は本当に好きでやってるの?』と無言に問うている。


義父本人の人生が本当に好きな事を貫いたのか、どうか。

本当に人を育てる名人として、活躍した傑人だったとおもう。

この人の娘になりたくて、結婚したようなものだ。


義父の葬式の時、

『私こそ娘のように可愛がってもらたんですぅ』と名乗る美女が10人位いた。

いや~、あの歳で、やるじゃん!

私は美女たちと抱き合って泣いた。


まったくこの世に未練なく、あの世で好きなことしている義父がいる。

坂本政道さんの著書『屋久島でヘミシンク』を読んだ。


行こうかな~と夢想した矢先、屋久島で縄文杉に行くルートが巨石に塞がれたらしい。

年度内に取り除く予定とニュースは伝えている。


つまり屋久島にこだわらず、パワースポットでヘミシンクすればいいのか?


ヘミシンクに出会う前、愛知県の鳳来寺に行った。

野田城関連の本に鳳来寺が登場するので、興味を持ったのだ。


車で上の駐車場に直行コースもあるが、ここは昔を偲んで石段をテクテク登った。

山全体にヘミシンクでいう高次の意識を感じた。

修行する山に入らせてもらってる感覚がある。

結界の中ってこれ?と思いながら登る。

少し疲れて足を止めると、優しく寄り添って励ましてくれる様々な存在がある。


日常に紛れて自分自身を直視などしないし、できない。

せいぜい醜い面になってないか、確認する程度。

しかも醜いのなら、それはそれで今の自分なのだと開き直るやくざな性格なのだ。


生臭い私もそれなりに上に登るに従い、

何ともいえない開放感と宇宙のふところに包まれているようなやすらぎがある。


ご本尊の薬師如来さまは温かさのうえに厳しさを持った冷厳な仏さまだった。

奥の院もあったが、その日は時間切れでやめた。


あそこでヘミシンクしたら、どうなるのかな?



 

朝ごはんの後、バイノーラルについて音屋の夫に聞く。


左右の耳から入る音の定位を、脳内や脳の外につくることらしい。


具体的には音に細かいリレーをかけて、時差をつくるのだそうな。


今は音響機器に定位を操作できる機能が備わっている。



先日モデンバレエの舞台で大きなホールで踊った。

何故か、ものすごく音が取れない。

自分がきっかけにしている音が聞こえにくいのだ。

夫に舞台の感想を聞いたら、『音のリレーが悪い』と怒っている。

そんなこともあるのかと感心したが、ヘミシンクと関連した効果とは意外だった。


80年代後半、CDが出始めた頃

バイノーラル理論を活かした『バイノーラル マイク』があったそうだ。

人間の頭部をそっくり再現して、両耳にマイク機能が仕込んである。

色は肌色ではなく、黒。

それをオーケストラを録音する時、立てたそうな。創造すると怖い。

舞台つらに人体の頭部のシルエットがあるのだ。エグイ光景だ。


そういう夫に先日ヘミシンクのCDを使いやすいように編集してもらった。

パソコン上で処理するらしい。

編集のために聴くだけで、夫は眠いを連発している。

眠気で操作が怪しいので、やり方を聞いて自分で編集してみた。

結構簡単。

振り向くと、後ろで夫は爆睡してる。

理屈っぽいのに、単純やなあ~