S=この日のガイド
ミ=大天使ミカエル
N=私
M=講師M氏
参=参加者
Q=質問
A=答え
休憩中、トイレに入る。ガイドが来る。
(こうゆう時、常に繋がれるってのも、ビッミョ~です。)
S 『もう少し集中力を落として、ボーっとするように。
キリストさんやミカエルの声を聞いて。』
ありがたや!んじゃ~ボーっとしよ。
後半開始。ミカエル君いきなり饒舌に語る。
講師のM氏の声を覆うばかりの説得力。
基本この方は、お喋りで、お節介な好い人だ。人か?まーいいか。
ミ 『あなたに必要なのは、神の実在をそのまま受け止めることです。
そうすれば、あなたは万物の中に、神の実在とその仕組みを理解できるでしょう。
人が語ることを、神の言葉そのものと思ってはなりません。
人が語ることは、人の限界を超えません。』
N Q 『人は人を救えますか?』
ミ A 『人は人を救えません。』
N Q 『ではなぜ、人は怒りや不満を吐き出して、周囲を傷つけるのですか?救われたい、楽になりたいからですよね?』
ミ A 『内なる神との邂逅を望んでいるからです。
グチ、不平、不満、怖れ、怒りは内なる神との同居が不可能です。
だから、外に吐き出してしまいたいのです。
人は自らを変える力がある。その吐き出そうとする衝動を、神性と言ってもいいでしょう。
その神性が自らを変えていく状況や状態を作るのです。』
相手役に聞いてもらって、証人になってもらうのか・・。
参 Q 『トラブルのない人生は神の意思を受け取りにくいか?』
M A 『生きるべき道を歩んでいると、試練に会いやすいといえる。』
N 独白
宿題を持たされて、生まれてくるからな~。
んでも、そ~かなあ~。そんなんでもないんちゃう・・?
ミ A 『宿題と共に、良い種も悪い種も持たされて、生まれると以前話しましたね?
どちらの種を発芽させて、経験を積むかはその人の個性なんです。
世界の成り立ちは複雑で、深遠です。一元的に考えてはいけません。
思い込みやレッテルや刷り込みは危険です。
そして、あの人がこうだったから、私もこうなる、なんて簡単なものではありません。
ラッキーな人生とか、運不運なんてないんです。全部自分で選んでいるのです。』
ここで、講師M氏の声が突然飛び込んでくる。
M A 『怒りのない人生は貧しい。しかし、怒りをコントロールできない人生は、もっとアカン!』
N 独白
コントロール不能の怒りにこそ、その人の本質が顕れる。それが宿題なのだ。
むしろ、解消可能な怒りは、本質を引き出すための準備なんちゃう・・?
準備があらかた整ったら、本家本元の怒りが出現する。隠し持っていた怒髪天なのだ。
私の少ない経験からいうと、ハイアーセルフとの邂逅に立ちはだかった。
おおおおぉ~プライド君!お久しぶり!にっちもさっちもならない。
まだ、解消していない。只今、休戦中です。
ミ A 『人は自らを幸せにしようとしてはならない。
人の痛みや傷を受け止めてあげなさい。
そこに神が実在することを、あなたは目撃するのです。』
N Q 『講師のM氏は、非難をあびたら、逃げよ。さっさとスルーしちゃいな。とおっしゃいました。
なのに、神に愛されたかったら、隣人を愛しなさいといいます。
なぜ、神は人に取引をさせるのですか?』
ミ A 『他人の悪意に巻き込まれて、己を見失う弱さを認めなさいと言っているのです。
人はスーパーマンではないのです。
逃げなさい、スルーしちゃいな~と簡単な言い方の方が、理解できる場合もあります。
しかし、それが適切に使われているのかを検証しなさい。
救うのではなく、愛しなさい。
しかし、人は救われたいから、救うのです。愛されたいから、愛を学ぶことができるのです。
矛盾して聞こえるかもしれませんが、微妙な温度差に気づきなさい。』
今日のを中段とします。明日 お下段をアップします。