ヘミシンクのオフ会を兼ねた交流会を企画している。
ヘミシンクの際のビジョンが、知覚なのか?妄想なのか?考えるのはもうやめた。
誰が決めてくれるわけでもない。
ただその状態を受け入れるしかないのだ。
鬱病を患っていた頃、幻聴が聞こえたことがある。
病が治りかけて、会社に復帰するかどうかを相談していた頃だった。
やはり、会社の人間は一応に面倒な事に巻き込まれたくないので自分の部署に入ってもらいたくないのだ。
日頃、立派な理念を掲げているにも関わらず、一皮剥けばただの人の集団に過ぎない。
私は荒れた。
人を信じたくて必死で治した病を受け入れてくれない会社に対して。
そんなみっともない事をしなければ、好きな仕事に戻れない自分に対して。
鬱病は治りかけが一番危ないと聞いた事がある。
友人もそこであっけなく死んだ。
病の中に保護されている内は、社会にとっては同情すべき気狂いカテゴリーの中にいるに過ぎない。
患者の社会復帰は、一般社会人にとって迷惑以外の何ものでもないらしい。
私は絶望した。
その時、耳の奥で『やれ~!やってしまうんだあ~!』と囁く声がある。
これが幻聴かと思いつつ、この声に反応してはならないと自覚した。
この声が私の本質なら、そこと向き合おう。
それが私にしかできない私の舞台を創造するのだ。
転んでもただでは起き上がらない貧乏性に救われた。
この幻聴が酷くなると、潜在意識に刷り込まれて神秘体験と勘違いする場合がある。
このタイプの声に耳を傾けてはならない。
その奥に在る自分と対峙するのだ。
『本当はわたし・・・。』この鬱屈を開放してやる。
実際に私はこの鬱屈を解放してから、劇的なガイドとの邂逅がビッグバンした。
以来、宇宙は拡大しつづけている。
神秘体験は魅力的かもしれない。
しかし必要な知覚か抑え込んだ我欲の現れか自己判断する物差しがあるといい。
一番は正直である事・・・・・・・・・・・・・・・・・・!常にガイドから言われる。
どんな欲を持っていても良い。
『お金が欲しい』『楽がしたい』『寂しい』『評価されたい』『美人になりたい』『腹が立つ』
そのネガティブな心も発想も自分の真正面に持ってきて、対峙しなさい。
それを隠すことなく、捨てることなく、正直に向き合いなさい。
それがお前をつくる。お前にしかできないお前をつくりなさい。
そしてその欲の形をシンプルにしなさい。
本当に望むことだけをしなさい。
私の場合、欲は学習の種なのだ。
ねじれた欲は人間を破滅させるらしい。
シンプルに・・。シンプルに・・。
そうすると、正直にならざるをえない。
どこまでも冷静に自分と向き合って、正直になればガイドが喜んでコンタクトしてくる。
若しくは、ヘミシンクも瞑想もいらない自分に気が付く。
学ぶべき学習に向き合っていれば、必要な材料は揃っているのだ。