引越しも終わり、バイトも辞め、何人かの友達にも別れを告げ、とうとう、この何週間お世話になっていた親友Kとの別れが近づいていた



彼女の話は過去に何度かしているが、代表作は 右矢印 こちらです



彼女はわたしの1つ上なので、すでに働き始めていた



保母さん



大学時代から、卒業論文作成、教育実習、国家試験に向けての勉強、就職活動、そして今



彼女の全ての時代を知っている



私がお世話になっている間も、幼稚園はお別れ会シーズンだったり、入学式の準備とか本当に大変そうだった



楽しくやってるけどね



ほとんど、工作みたいなの



絵を描いたり、ポスター作ったり、紙で花を作ったり  黄色い花



先生って大変なことが分かった



私は、掃除・洗濯を手伝いました



お互い夜遅くの帰宅であまり一緒に過ごすことは出来なかったけど、毎日会えただけでもうれしかった



大変お世話になりました



お別れの日は、彼女はいつものように朝早くの通勤なので、私が彼女を家で見送ったのだった チョキ



彼女は私に『頑張ってね!BLACKNESEなら絶対やれるよ!信じてる!』と強く語ってくれた



彼女の夢は実現された



目の先にある目標が達成されて、人生スケジュール通り



次は私の番だから



そして、私らはお互いが見えなくなるまで手を振り続けた パー



私は、最後の部屋の掃除を始めて、荷造りもした



さあ、この土地ともお別れだ !?




行こう!!出発だぁ プンプン グー





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私がTRFのオーディションを受け始めてから、2度ほどステージに上がった



そして、外国人バックダンサーの一人であった、NYのダンスチームエリートフォースのHEンリーとであった



過去のブログが右矢印こちら



彼とは、何度も会い、リハを一緒にしたり、連絡先を交換したり、携帯に連絡をもらったり、いろいろエピソードがあった 携帯



私は、TRFパフォーマンスを東京で終え、地元に戻って普通の生活をしている中、もちろんNY行きのための英語の勉強とか、生活の仕方の勉強とかにも励んでいたのだった



その中で、私は英語の手紙の書き方の本を購入した



というのも、当事、黒人のダンサーを目の前で目にし、体の凄さ、肌の綺麗さ、ロングドレッドの美しさ、身に付けるもの行動、全てにはまり始めていた矢先だったが、私はふとあることを思いついたのだった



私はもうすぐNYに行く



NY出身のダンサーである彼に、NYの彼のアパートに手紙を出そう !! という企画だった



下心はあったかもしれない べーっだ!



でも、手紙の内容は純粋な私の決意が書かれていた



英語の手紙の見本の本を見ながらなので、くそ真面目なビジネス書式の硬い文面 ドクロ



今考えたら、恐ろしい ドクロ



その内容とは



私は、あなたに会えて、ダンスのすばらしさを学びました



・・・・・・・・・



私はもうすぐNYに行きます 飛行機



そして、本場のダンスを学びます



いつか、一緒にダンスが出来たらいいですね ニコニコ



NYで再会できるのを楽しみにしています・・・・・




的な、ごくありがちな文面だった



初めてのエアメール



しっかりとしたエアメール用の便箋・封筒で送ったのを覚えている



それ以外では送れないと思っていた



初めてなので、ちゃんと届いたのかも分からない



しばらくたっても返事は来るわけがない



海外に届くのには時間がかかるのだろう 



と、一人で解釈していた



後に、彼はきっと日本にいるのだろう



それか、他の国に行ってるのだろう



と、永遠に言い訳を作っていたが



何ヵ月後になんと !!



アパートの郵便ポストにエアメールが届いていた ショック!



まさしく、彼からだった



なんて優しい人なのだろう



便箋を開けると、彼の直筆で書いてあった



ぶっちゃけ、あまりにも字が汚くて驚いた



ちょっと、ひいた自分もいた ガーン



汚すぎて読めないとこもあった



後に気づくが外人は比較的字が汚いです



日本人のほうが十分綺麗に書くと思います




彼は、ま、ありきたりな、頑張って!とか、NYで会おうね、連絡してね!



とかだったが、ホントに返事が来てうれしかった ラブラブ!



また、エアー彼女じゃないけどしばらくはこれで元気が出たよ ニコニコ



今考えると、ホントに奇跡のことだと思ってしまう



黒人ダンサーが手紙なんて普通書くかよ !?



彼らぐらいは電話だね



だから、なおさら手紙をわざわざ書いてくれて切手張ってポストに入れてくれた



それだけで、ありがたかった



いやー、NY行きますます楽しくなってきた ラブラブ!



と、ちょっと話が横にずれてしまいましたが、忘れていたお話でした



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Yちゃんとは大学1年の頃、私がまだダンスを始める前に出会っていた



同じ大学ではないが、大学では一緒の工学部を専攻していた



人生を変えたいと、ダンスを習い始めたのが一緒の時期



私がまだ歌のオーディションを受けるためにとのデモテープ作りのため、カラオケBOXに一緒に来てくれたりもした カラオケ



SMAPファンだという共通もあり、コンサートに一緒に行ったり、SMAPツアーという名の東京旅行も一緒にした



注意 そちらの記事が右矢印こちら



私がダンスの仲間が出来て、本格的にやり始めてからはあまり会う回数が減ったが、定期的に居酒屋とかで再会したりもした ビール



私のイベントにもよく来てくれたし、とてもいい子だった



同い年のYちゃんは無事、就職も決まり一安心



私がアパートを引き渡した後、彼女の実家にもお世話になった



お母さんがおいしい料理を用意してくれたし、最後の夜は話まくった



この期間にたくさんの人とお別れをした



ほとんどの人がここの地元の人だから、大体が実家



私はここが地元ではないので、大学を卒業と同時に、後にここで就職しない限りはこの土地とはお別れ



なので、これらの人とはしばらくお別れなのだ



私が戻ってこない限り、お別れなのだ



しかも、当時はEメールとかの時代でもないし、私の次の引越し先のNYと言っても、自分の家が決まっているわけではないので、引越し先の住所や電話番号を渡すことも出来なかった



なので、次は私がNYより住む場所が決まり次第みんなにエアメールで連絡しなくてはいけないのだった



とにかく、みんの連絡先は目盛りました メモ



Yちゃんとはほんと私とは正反対のお方で深津絵里に雰囲気が似ており、とても静かだったが、私にとても興味を持ってくれ、応援してくれ、ダンス以外の共通点で繋がっていたので、とても穏やかないい関係でした



次の日の朝はお互い早起きで一緒に家を出て、駅でお別れをしました 



ありがとう





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アパートを引っ越して、友達の家にお世話になった



家がなかったことを理由にいろんな人の家を点々とした



その期間中、何度か最後のバイトに行った



女だけの職場



男がいるよりきつかった



おかげで、上下関係のマナーを学んだ



年代が約3つに分かれていた



新人いじりにも道がいくつかある



マネージャークラスの年代は比較的大人で、とても易しく仕事に関してもフェアだった



30代クラスでは、彼氏がいたりと状況が左右する



自分の人生に満足していると、とても姉御感覚で頼りがいがある



一方、長年彼氏がいなかったり、人生にストレスを感じているお方は、とにかく厳しく怖くて認められるのに時間がかかった



そして、同年代はすぐに仲良くなりやすい



こんな中、1年半ぐらい働いたのかなあ はてなマーク



みんなそれぞれの付き合い方はあったが、最後のほうは、みんな私のダンスを心から応援してくれ家族のように暖かかった 晴れ



バイト先のメンバー全員に週1のダンスクラスも設けた



楽しかった



私が働き始めてからすぐにお店がリフォームされ、工事が入り新しく店作りがすげェ大変だったのを覚えている



引越し作業とか、私はあまり手伝えなかったが、いろんな掘り出し物を沢山頂いてめっちゃ楽しかった ラブラブ!



この時点から、新装開店、ロゴも変わりユニフォームも新しくなり、レジが手打ちからバーコードスキャンに変わったのだった



かわいい輸入雑貨やコスメに囲まれる仕事場が好きだった



社員さんのディスプレイのうまさや、ラッピングのうまさに感動したのも覚えている ラブラブ!



私も沢山のギフトをラッピングしましたが、こんなプレゼントをもらう人はうれしいだろうなぁーといつも思っておりました ニコニコ



皆様には社員旅行にも、連れて行って頂きましたし、最後はお別れ会も開いてくれました



みんなから沢山のカードや贈り物を頂いた



NYにそんな荷物持って行けないっつうの ショック!



みんな酔っ払いながら泣いてもくれた しょぼん



ありがたかった



ボーリングやカラオケにも行った



カラオケでは、みんなの要望に答え踊りまくったのを覚えている



確か、この夜はバイトの先輩の実家に仲間と泊まりに行ったと思う



なんか、最後の最後にめちゃくちゃ楽しくて、離れたくないよね しょぼん



と、思うのは一瞬でこのときの私はまさに一匹狼で怖いものは何もなかったのだった 狼



バイト先には最後この土地を去るとき、バスに乗り込む前にあいさつをしに行った



ぶっちゃけ、この仕事先の人のお名前を一人も覚えておりません



不思議です 叫び



このお店は私が去ってからすぐに閉店してしまいまして、みんなと再会が出来なかったのです





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卒業式も終え、4年間一人暮らしをしていたアパートとお別れ



ここは同じ大学生専門のアパートで同じ学部の人らも沢山住んでいたが、私よりも初めに引越しして去った人もいた



私は、卒業式の次の日



前もって、掃除は始めていたが、あまり掃除をしなかったので、ハンパなく大変だった



引越し先は・・・・・・・・



NYのはずだが、とりあえず、荷物は実家ということで、洗濯機やらちょっとした家具など送った



このアパートにはたくさん思い出がある



彼氏が出来て、彼氏との思い出・・・・・・



なんてことはなかったが シラー



小さなテレビデオでたくさんのダンスビデオをみたり



ダンスの練習、振り付けなどしたり、



オーディションテープのために歌っては苦情



踊っては苦情



で、怖い目にもあった



変体からの電話があったり



金縛りにあい、おばけも見たりもした



注意 いろんなことは過去ブログにあるんで探してみてください



親友が泊まりに来たり、ダンスの相方が泊りにも来た



毎日外出をして、家にはほとんど終電後に帰宅だったが彼氏もいたわけではないので、毎日帰宅した



毎晩コンビ二に寄って、コンビ二弁当やスイーツを食べつくした



ダンスをしているのに痩せもしなかったのに驚き



楽しかった



荷物が去り、部屋を見てみると



壁紙汚い!!



めっちゃタバコ吸ってたもんナー タバコ



お香炊きまくってたもんナー



のちほど、大家から連絡が来て、お香を使用していた場合、匂いが残り消えないということで、敷金礼金が戻ってこないということで、親父がもめていたのを覚えている



だいたいは戻ってこないが、壁紙は4年も住んだら取り替えるのは当たり前



匂いという理由が親父は納得しなかったのか?



どうなったのか分からんが、親父もいろいろありがとう



荷物が去り、母ちゃんは地元に戻った



私は?



なんと、ぎりぎりまでバイトして、ぎりぎりまでダンスレッスンをしたかったので、この地に残った



行き先は、バイト先だった居酒屋で3年前に出会った、1つ年上で、このときには既に保母さんになって就職してた親友の家に何週間かお世話になる予定だった



注意 彼女の事も過去のブログで語っています



彼女は私がダンスを始める前から相談して、ずーっと応援してくれていた大切な人



忙しいのに私を泊めてくれてありがたかった



そして、最後の時間を共に出来てうれしかった



この時期は毎日、いろんなところでお別れ会とか開いてくれて、忙しかったし



彼女も仕事も忙しくて、夜は帰って寝る感じ



でも、この期間のおかげで、仲間とはゆっくりお別れすることが出来た



この土地ともね



沢山の別れがあって、みんなが泣いてくれた



私と別れるのが寂しいって しょぼん



うれしかった




でも私はね、その先を見すぎてて、当時はそんなに悲しくなかったんだよね



だって、先に進むにはここを去らなきゃ、何も始まらない



今とは想像つかないけど、マジで泣かなかったと思う



若かった




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