フォビット通り。これが先程の露店通りの名称。
あの通りは随分と広いようだったので、この街の規模もそれなりのものであろうと旅人は考えた。
この世界には地図などという便利なものはない。むしろ、その概念すらないのであろう。
街を渡り歩いて行くが、地図なんてものを持つ者は一人もいない。
稀に変わり者が街同士の距離を書にしたためている程度。
この方向に何がある、この先は街の外であると、漠然とした情報がある。ただそれだけだ。
ここより前の街でこの街の方向を向いた看板を探すか、その街の住人に聞くべきであろう。
前の街は少しばかり遠い。
そう考えた旅人は住人にこの街の名を訊ねようと、歩みを進めた。
しかし、先程からどこかおかしい。
「露店通りは随分活気があったように見えたが、・・・。どうも、此方の通りは人が少ないな。」
そう、フォビット通りは人が溢れ返るほどいたのだが、その通りを離れて少し歩くだけで人が一人も見当たらなくなる。
日常的にあの通りを利用する人が多いのだろうか。それにしては、随分と極端すぎる気もする。
まあこの街に住み着く予定などない旅人は、閑散とした名前のない通りを突き進んだ。
この街は、露店以外に活気どころが無い。
何故かと問われれば答える事は出来ないが、何かしらの理由はあるだろう。
理由なしに何かが起こることなど有り得ないのだから。
”事実は小説より奇なり”
これはそのままの意味で、現実は時に有り得ない事を引き起こす、ということ。
有り得ないと思っていることほど、有り得るのだ。
世界には自分たちの想像もつかないような事が潜んでいる。
その事と同じように、この街にもなんらかの理由があって、あの通りには人が溢れ返るが、こちらの通りには人が少ないのであろう。
「本当に、人が見当たらない・・・。あの通りに戻ろうか・・・。」
そうして旅人が諦め出した頃、人が一人、通りへ出てきた。
純白の布、シルクと縁を彩る金色のラインのケープに、そのままケープの色と素材に合わせられ作られたのであろう、ロングコート。
腰に斜めに掛けられたベルトのホルダーには、一振りのレイピア。
そして、足はふくらはぎほどのロングブーツと、軍人のよく履くような、裾をブーツの中へ入れ込むズボン。
どれも高価そうな雰囲気を出しており、この、人の少ない閑散とした通りには似合わない。
こんな衣服を纏っているのはどんな者かと、旅人は目深に被ったフードを少し上へずらした。
男である。
ひょろりとした体つきではあるが、どこか筋肉質に見える。
龍を思わせる相貌は、憂いを湛えているような気がした。
その金の髪は毛先が少し揺らいでおり、美しい、というのはまさにこの事であろうと、旅人は思った。
それよりも、何故この貴族のような出で立ちの男が、この通りに来たのか。
旅人は男自身よりも、その事が気になり、男の歩みを視線で追う。
その足取りは、街の外へ向かっている。あんなレイピア一本では複数の魔物に襲われればひとたまりもない。
熟練者であれば話は別だが。少なくとも、その男が剣の扱いを心得ているとは思えなかった。おそらく、気休めか威嚇であろう。
此方の心配など知らぬことと、貴族風の男は街の外へ歩みを進めた。
この男は何の用があって街の外へ出ようとするのか。まだ外へ出ると決まってはいないが、向かっている方向は明らかに街の外であり、その他は家が数件と街と外とを区切る城壁が存在するのみ。つまり、必然的に街の外へこの男は出たがっている、ということだ。
漠然とした好奇心が旅人の内を駆け巡った。
この男が街の外へ出たがることとなった原因を、知りたくなったのだ。
とはいえ、普通に聞くことは出来ない。男がなんとも言えない表情をしており、決して、遊びで外へ出る様子では無かったからだ。
自分も随分と盗賊らしいマネをするものだと、旅人は自嘲した。
そう思考している間に、街と外との境界線を越え、もう外に出ていた。
貴族風の男は辺りを見回して、溜め息をひとつ吐き、ゆっくりと歩みを進めていく。
周りは木だらけで薄暗く、鬱蒼とした森の雰囲気を醸し出していた。
そうして10mほど進んだだろうか、突如複数の魔物の気配が辺りを覆った。
自分の今隠れている場所は、貴族風の男の後ろの茂み、木の下だが、その木からも魔物の気配がする。
風によって運ばれてくる獣と血の臭いは、旅人と貴族風の男の鼻に突き刺すような刺激を与えた。
「随分と手厚い歓迎だな。呼び出しておいてこれとは。」
不意に貴族風の男が口を開いた。
どうやらこの展開を予測していたらしい。だが、予測していたならば何故、細身のレイピア一本で呼びつけられたこの場所まで来たのか。旅人はそれがひっかかった。
その思考の最中、三匹の狼型の魔物が貴族風の男に襲いかかる。
一瞬、最悪の展開を考えたが、その前に、旅人の体は、もう、男を助けようと体が動いていた。
ザシュッ、ドサッ、ギィンッ。
シュットッ、ドサッ。
横薙ぎに男の後ろ、つまり自分のいた場所にあった木の上から飛び込んできた狼を払い除け、右から来たもう一匹の牙を購入したばかりの剣で弾いた。
男の方は自分から見た右―――つまり、旅人から見た左から来た魔物の心臓部をそのレイピアで一突きにした。
お互い信頼しているわけでもないのに、自然と二人は背中合わせの体制を取った。
今この状況で片方がもう片方を裏切れば、死は必至だからである。
お互いに裏切るなと牽制しあっているのだ。
そのまま旅人と男は、自分達を取り囲む魔物の気配を読み、数を探った。
「お前、剣術はできる方か?」
「お前じゃない、カッドだ。貴族流のものを少し。」
「なら問題ない。真っ直ぐ街の中へ入る扉へ入るぞ。」
その合図を幕開けに、二人の男は、それぞれの武器を構え、前を見据えた。