The Smile 『Wall of Eyes』 | Music and others

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Wall of Eyes 10

 

 最近、頻繁に聴いているのがこのザ・スマイルThe Smile)です。 ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)の幻の作品とは関係のないバンド名であり、英国の文学者で詩人のデッド・ヒューズ(Ted Hughes)の詩作から取られたそうです。 現在、活動休止中のレディオヘッド(the Radiohead)のリーダーでもあるトム・ヨークThom Yorke)が主体となって結成されたサイド・プロジェクトです。 3人構成の変幻自在なユニットですが、他のメンバーは同じレディオヘッドのメンバーであるジョニー・グリーンウッド(Jonny Greenwood)とジャズよりの先鋭的なジャンルで活躍してきたドラマーであるトム・スキナー(Tom Skinner)になります。

 

特に注目なのはトム・スキナーで、ハロー・スキニー名義(Hello Skinny)で先鋭的なエレクトロニック・ミュージックをコンスタントにリリースしつつ、サンズ・オブ・ケメット(Sons of Kemet)の一員としても活躍するなど多彩な遍歴を持っています。 ジャズ寄りの人と思われがちだが、これまで仕事をしてきたアーティストは実にバラエティー豊かで、フローティング・ポインツ(Floating Points)、ジャーヴィス・コッカー(Jarvis Branson Cocker)、マシュー・ハーバート(Matthew Herbert)、クレア・マグワイア(Clare Maguire)、アンジェリーク・キジョー(Angélique Kidjo)など、ジャンルを問わず多岐に亘る活躍を見せています。

 

The Smile 10

 

 

そして、イギリスを代表する音楽フェスティヴァル、グラストンベリーが2021年5月22日に開催した有料配信イヴェント〈Live At Worthy Farm〉でザ・スマイルの全貌が明らかになりました。 事前に告知はなく文字通りのサプライズ・デビューとなりました。

 

今回紹介するのは、今年の1月26日にリリースされた2ndアルバム、『Wall of Eyes』です。 前作に当たる、2022年10月にリリースされたファースト・アルバム『A Light For Attracting Attention』に比べると非常にコンパクトで、温かみに溢れているように感じます。 前作を含めて、トム・ヨーク(Thom Yorke)のソロ作品を初めとして、あらゆる作品にプロデュースに名前を連ねていたナイジェル・ゴッドリッチ(Nigel Godrich)の手を離れて、サム・ペッツ・デイヴィス(Sam Petts-Davies)がプロデュースしたことでこの変化が表れたのかもしれません。

 

サム・ペッツ・デイヴィスですが、トム・ヨークが制作したサントラ『Suspiria』(2018年9月リリース)の共同プロデュースとレコーディングを担当していたことが接点なんでしょうが、その際に参加していたロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ(London Contemporary Orchestra)が前作同様に客演しています。

 

□ Track listing;

All tracks are written by Thom Yorke, Jonny Greenwood and Tom Skinner.

 

1."Wall of Eyes"5:05

2."Teleharmonic"5:10

3."Read the Room"5:14

4."Under our Pillows"6:14

5."Friend of a Friend"4:35

6."I Quit"5:32

7."Bending Hectic"8:03

8."You Know Me!"5:22

 

□ Personnel;

Musicians;

 The Smile

  Jonny Greenwood – guitars, bass, piano, synthesisers, orchestral arrangements, cello, Max MSP

  Tom Skinner – drums, synthesisers, percussion

  Thom Yorke – voice, guitars, bass, piano, synthesisers, lyrics

Additional musicians

 London Contemporary Orchestra, led by Eloisa-Fleur Thom

     Hugh Brunt – conducting

     Robert Stillman — clarinet, saxophone

     Pete Wareham — flute

Production;

 Sam Petts-Davies – production, engineering, mixing

 Oli Middleton – engineering

 Tom Bailey — orchestral engineering

 Pete Clements — studio tech

 Joe Wyatt — Abbey Roads recording, assistant engineering

 Tom Ashpitel— Abbey Roads recording

 Greg Calbi – mastering

 

 

オープニング・トラックである”Wall of Eyes”は、5/4拍子のシャッフル・ビートのサンバ調の楽曲で、アコースティック・ギターとストリングスの音色、そこに平坦なトムのヴォーカルが被さり、アンヴィエントなアンサンブルが千変万化して行きます。

 

□ “Wall of Eyes”   by the Smile

 

 

 

 

”Teleharmonic”では、エレクトロニクスのループの上にソウルフルなベースが重なり、繰り返される中で少しずつ変化して行きます。

 

続く”Read the Room”は、ギターリフが主導するよりロックっぽい楽曲で、4/4拍子で進行するドラムスはジャーマン・エクスペリメンタル・ロックの流れを汲んでおり、静と動を繰り返して行きます。 中盤以降は全く別の楽曲の様な印象受けてしまいます。

 

□ “Read the Room”   by the Smile;

 

 

”Under our Pillows”は60年代後半にドイツで生まれたクラウトロック(Krautrock、あのノイ(Neu!)とかカン(Can)、のような実験的なサウンドを思わせるような歪んだギター・リフがループして、そこにリズムが細分化されたドラムスとベースが絡んで行きます。 後半には、その反復されたビートが途切れて、シンセサイザーが重ねられたアンヴィエントなサウンド一色に変わり、ブツっと途切れてしまいます。

 

□ “Under our Pillows”   by the Smile;

 

 

折り返しの楽曲、”Friend of a Friend”はピアノが主導する穏やかなメロディーを持ち、ストリングスが大きな役割を果たす楽曲です。 歌詞は比喩的ではありますが、ポスト・COVID-19の世界観に言及しているように感じます。 ストリングスが曲の切れ目毎にどんどんと加速度的に変化して行き、ヴォルテージが最高潮に達した瞬間に終わってしまいます。 

ウェブ上では、何故かビートルズ(The Beatles)の”A Day In The Life”でのストリングスの使い方を引用したかのようなストリングス・スコール(orchestral squall)だと言われています・・・。 この曲も5/4拍子なんですね?!

 

□ ”Friend of a Friend”   by the Smile;

 

 

 

6曲目になる”I Quit”は、シンセサイザーのパーカッシヴなビートとドラムスがループするようなリズムを繰り返し、トムの呟くヴォーカル、そして終盤に全体を覆うように優美なストリングスが表れてとても神秘的な印象をもたらします。 歌詞はシンプルですが、「一体何を止めた(辞めた)んでしょうか??」

 

 

そして、このアルバム中最長の8分を超える大作、”Bending Hectic”です。 この曲自体は、2023年6月にシングルとして発表されています。

歌詞には、イタリアの山道を60年代のヴィンテージカーでドライヴしていて、ヘアピン・カーヴで曲がり切れずに崖から転落する情景が出てきます。 これは比喩的な意味で、多分、絶望的な状況を受け入れることにより、新たな人生への転換が見えると言うことを示唆しているのではないでしょうか・・・・?

トム自身がかつて自動車事故に遭っており、今現在のパートナーはイタリア人であることからこのような歌詞が生まれたのでしょうね。

 

楽曲は、エレキギターのアルペジオからスタートし、トムのファルセットが静かに入り、淡々と進行して行きます。 この静かな幻想的な展開から、突如ストリングスの不協和音が入ってきます(そう、まるで破滅に突き進むかのように!)。 そして一転、ディストーション・ギターがストリングスを搔き消すように割って入り、トムのファルセットによってあっけなく曲は終わってしまいます。

 

□ ”Bending Hecticd”   by the Smile;

 

 

 

 

最後を飾るのは”You Know Me!”で、くぐもったピアノの和音に乗せてトムの美しいファルセットが入り、今回のアルバムの陰の主役とも言えるストリングスがスピリチュアルな響きを持ち込み、静かにエンディングを迎えます。

□ ”You Know Me!”   by the Smile;

 

 

 

今回は前作以上に転調が繰り返される曲が多く、また、分厚いストリングスが重ねられており、一聴すると重く垂れこめた”陰鬱”な印象が強いのですが、その先には美しい解放感がまっているように感じます。

 

レディオヘッド(the Radiohead)は、グランジ・オルタナティヴが全盛だった1992年にギター・バンドとしてデビューし、それ以降はエレクトロニカやジャズ、現代音楽などさまざまなサウンドを取り込んでどんどんと音楽性を拡張してきたのだけれど、何故別ユニットで活動を続けるのか、その答えは何処にあるのだろう・・・・??