今回はいつもわたしが選びがちなジャンルとは毛色が違う本を読んでみました。
アガサ・クリスティー賞、大賞受賞作。
(そんなものがあったのか)
賞の名前から想像するにミステリかなと思ったのですが、全然違った。戦争ものです。
第二次世界大戦中の独ソ戦で、ソ連の狙撃兵として戦った少女・セラフィマの物語。うーん普段は読まないなこういうの。
登場するのは架空の人物ですけれど、女性の狙撃手は実際にいたそうです。
この作品に対する他の人の書評も読んでみましたが、皆さん絶賛されてますね。
作者はこの作品がデビュー作であるとか。確かに、新人とは思えない。濃密でリアリティを感じさせる文章で飽きさせない。
物語の内容は好き嫌いがあるかな〜。
銃、戦車の種類や戦線の状況など、こと細かに説明してくれるので、ミリタリー好きの方はいいかもしれないが、わたしは「???」なことが多かった。
ただ、狙撃兵として育てられた少女たちの壮絶な生き様や苦悩はよく伝わってきました。
「かわいそう」の言葉で簡単に片付けられない矛盾なども。
セラフィマは小さな集落で母親と共に狩りをして暮らす毎日でしたが、ドイツ軍が村に攻めてきて、母も村人も皆殺しにされます。
ドイツ兵に暴行される寸前でソ連の女兵士・イリーナに助けられたセラフィマは、イリーナが教官を務める女性狙撃兵訓練所に入れられました。
そこには同じように家族を殺されて孤児になった少女たちがいて、まるで学校で勉強を教わるように、厳しい狙撃のトレーニングを受けます。
「ミル」という単位、初めて聞いた。
ミルとは、射撃に使われる角度の単位で、周回360度が6000ミル。これを自分の視力、気象条件、地域、心理状態も考慮に入れて瞬時に計算し、標的に照準を合わせる。などなど…
(こういう知識がとても細かく説明されている)
一緒にトレーニングを受ける少女たちも個性的。なんだか、ドラマや映画になっても映えるかも〜と思う。
天才少女アヤ、人形のように美しいシャルロッタ、「ママ」と呼ばれる年上のヤーナ、ウクライナのコサックの一族であるオリガ。
彼女らはそれぞれ、何のために戦うのか理由があるのですが、セラフィマの戦う理由は「女性を守るため」です。
戦う理由。
実はソ連軍にも複雑な事情があり、例えばカザフ出身のアヤやウクライナのオリガにとって、むしろソ連が自分たちの土地を侵略した敵であったりします。
ソ連のために戦うなんて義理は全くないが、今のところドイツが侵攻して来ているので、とりあえずドイツが敵なだけ。
そして、この複雑な事情の国家を保つため、ソ連はNKVD(秘密警察)の人員を戦地に送り込み、スパイの疑いのある者や敵前逃亡した兵士を撃ち殺すため味方の監視役をしている…
なんだこの戦争。
祖国のため、同志のためなんていう言葉が白々しく聞こえる。
ちなみに、セラフィマたちは女だけの狙撃集団ですけど、ソ連の中でも珍しい存在ではあったらしい。なので、男の兵士に合流した時にあからさまに罵られたり、セクハラまがいのからかいを受けたり(そういう時の彼女らは迫力で男どもをぶっ飛ばしてやるのでスカッとするのですが)憤る場面はたくさんあります。
その憤りをバネに、悔しかったら実力で示せとばかり、彼女らの狙撃術は研ぎ澄まされ、一流の殺し屋集団となっていく。
今まで何人殺したかを数え、競い合うようになっていく。だんだん精神が歪んでおかしくなっていくようです。
敵のドイツ兵も、基本的に憎い奴らなのですが、たまに、彼らにも生活があり普通の人間であるという描写があります。物語はどっちかの一方的な目線に立った勧善懲悪ではない。
そして、セラフィマの敵は、ドイツ兵だけではなかった・・・ここは衝撃のラスト。
何だかこの終わり方は、ため息をつきたくなるような嫌な現実でした。
よく、戦争は人間を鬼にする特殊な状況だという言い方がありますが、人間が鬼になるのは何も戦争だけじゃないんじゃないかなあ。
戦争はそれを増幅するだけで、普段から人間は鬼なのかもしれないよ?
などと考えてしまいました。