伝えることの難しさ | Heart of klaxon 〜癌との闘い心のクラクションを鳴らそう〜

Heart of klaxon 〜癌との闘い心のクラクションを鳴らそう〜

育児などの日常生活や闘病での心の葛藤を心の言葉にして。。。
大腸癌、腹膜播種になり大きな開腹手術は6回目。
自己導尿に排便障害の日々。抗ガン剤治療。
そして、肺転移…。
だけど、諦めず生きることにしがみついていたいと思う。

雲が流れ、車が走り、人が歩く姿が見える。

何が起こったとしても、世の中の流れは変わらず、いつもと同じように回っていく。

それでいいんだ。
それがいいんだ。

そう、自分に言い聞かせながら、目覚めると痛い身体を時間をかけてゆっくりと動かし、起きる。



息子くんが、最近よく口にする言葉がある。

「ママって、病気じゃなくて元気やったら何でも出来るん?」

と。。。

「サッカーとか、野球とか、フリスビーとか自転車乗ったり出来るん?お泊りとかも行けるん?」

と。。。

「ママと遊びたい。。。ママ、お病気治らないと出来へんなぁ。。。」

と。。。



そう、私は息子くんがお腹にいる時に病気が発覚した。
出産と同時に手術。
完治不可能との結果から、退院後から抗ガン剤治療をずっと続け、元気な姿はほとんどなく、漸く辿り着いた現在のスーパーDr.の元で、手術&入院を繰り返し、抗ガン剤での治療もしている。



自己導尿に、排便障害、抗ガン剤による副作用、そして、両肺への転移…。生活は、ほぼ家の中。外に出られず、出ることを極力避けての生活。



息子が知っているママの姿は、いつも元気な姿ではなく、寝込んでいたり、話しの途中でもトイレに駆け込む姿。



二人で食べる夕食も、ゆっくり話しをしようとしても、必ずトイレに走る始末…。



トイレから帰って来て、息子くんが一人で食べている姿を毎日何とも言えない気持ちで見つめてしまう。



周りの友達のお母さん達は、お仕事を頑張りながらも子供達と遊んだりしてくれるのに、自分のママは、家にいるのに、遊んでもくれない。。。

今、息子くんの中で、周りと自分の違いに気付き始めている。



「ママ、僕が保育園行って、パパがお仕事行ってる間、何してるん?テレビ観てるんやろ?」

と言われてしまった。




前回の手術退院後は、何とか体力をつけようと、息子くんの保育園の送りで朝1時間近く歩いていたのだけれど、抗ガン剤が始まり、副作用や排便障害で、朝の送りすら出来なくなってしまった。


そりゃぁ、そうだ。。。

息子くんにしたら、ママは一体何をしているのだろう…。と思うだろう。



実際は、体調によって違うけれど今は、お掃除や洗濯、お風呂掃除、簡単な夕食が出来ればいいほうで。息子くんが、帰ってきてからは、お風呂に入り、食事して洗い物、寝る準備、就寝。。。これでいっぱいいっぱい。




買い物は、ネット注文したり、母が買い物ついでに必要な物を買ってきてくれるので本当に助かっているし感謝している。



同居しているわけじゃないので、自分の体調に合わせて、自分のタイミングで出来る時にやれることをしているけれど、これも、段々と布団で横になっている時間が増えてきてしまった。



息子くんは、私が病気だということは理解しているけれど、これが「死」に結びつく病気だとはまだ理解していないと思う。いや、思っていた。。。


だけど、最近は、使う言葉も変化してきていて、
「ママが死んだら…」とか、「ママのお病気治るん?」とか言う時もある。



息子くんももう6歳。
そろそろ、あやふやな答えやごまかしも出来なくなってきた。



数日前、息子くんと私は両親からかかってきた電話をスピーカーにして話しをしていた。


保育園での出来事やスイミングの話しをしていたまではいいが、父は

「肺がんの新薬出たらしいぞ!」

と言った。私は大腸ガンが肺に転移しているので、肺がんではない。


未だに両親には、私の病気は複雑なようで、なかなか理解するのは難しいのだと思う。


だから、私もいつも、体調を聞かれても、
「大丈夫!」とか「ぼちぼち」としか答えない。


何度か、病気の説明をしたのだけれど、何度も同じことを聞かれるし、何度も違うことで心配させてしまうので、いつしか、この言葉を口にするのが癖になってしまった。


だけど、この日は、肺がんの新薬について説明しようとする父を止める形で

「私は大腸ガンの肺転移だから、肺がんの薬じゃなくて、大腸ガンの薬でないとあかんから。。。肺がんの薬は使えないねん。。。」

と、以前にも同じような説明を何度もしているが、今回もそうやって説明した。。。



だけど、今回はスピーカー。
もちろん息子くんも聞いている。
いつもなら、何となく過ぎて行く会話だったのだけれど、今回は違った。。。

「えっ…!ママって、癌なん。。。?」


息子くんが小さな声で聞いてきた。


息子くんの、表情がいつもと違ったので、何とか両親に「バイバイ!」と言って電話を切った。


そして、息子くんはまた聞いた。

「ママ、、癌なん…?」

その表情は、「癌」という病気がどのようなものか、どうなっていくのかを知っているようだった。


「うん、ママは癌やねん。。。だから、病気やっつけるために、お薬飲んでるし、手術したり病院の先生の所行ったりしてるんよ。」

と説明した。

「癌なんや…知らんかった。。。」

と小さな声で言った息子くん。



今までも、何度か「癌」ということは、話しにも出ていたし、その言葉に息子くんが気にする様子もなかった。だから、あえて私が、癌であることの説明はしなかったようにも思う。


それから、ちょくちょく息子くんの会話の中には、「死」ということを意識しているかのような言葉が入るようになってきた。


昨日も、
「僕が、一人で住むようになる頃には、もうママはおらんなぁ。」

とか、
「僕が34歳になったら、ママは死んでるなぁ」

など。

そのことに対して、

「そやなぁ。。。わからんなぁ。。。でも、そんなん考えんでもいいよ。ママ、今、お薬でお病気やっつける為に頑張ってるから。」

とは言ったものの。
これでいいのか、これがいいのかすらわからない。


ただ、息子くんの性格は、かなりの心配性、神経質、不安性。
これは、息子くんの持って生まれた個性だと思っている。
先のことを前もって考えて、どうしよう…出来なかったら…と不安で泣いてしまう時もある。



不安がっていてもひとつ、自信を持てば、不安は無くなり強気になれるのだけれど。。。


病気に関することは、やはり息子くんの心にも関わってくることなので慎重になりたい。

息子くんの周りの環境で、この病気のことに対して同じように統一した言い方や言葉で説明していくことが必要な気もしているのだけれど、私の両親はストレート。


小さい心にある葛藤なども、

「そんなん大丈夫や!」で済ましてしまうようなところがあり、

「ママは、病気やねんから助けてあげなあかんねんで!」

「ちゃんとしなあかんねんで。」

と、幼い息子くんに言っている時もある。


6歳の息子くんに、何を助けろというのだろうか…。息子くんは、きっとどうしていいのか、何をすればいいのか…わからないだろう。
それは息子くんには、かなりの、プレッシャーだろう。。。


何度かそのことについては言ってみたが、その時は、
「あ~、そうか。難しいなぁ。」
と言うものの、そこまで、神経質に考えなくてもいいんじゃないか…という両親の考えが私にはわかってしまう。
そして、またすぐに同じことの繰り返し。


息子くんに、安心させてあげる…言葉で話すという考えで接するのは難しい様子。

まぁ、確かにそれも難しいのもよくわかる。

私が病気なだけに、息子くんには、何事にも負けずに強く育ってほしい。。。そう言う思いからでる言葉なのかもしれない。

両親からすれば、私は娘。
私が息子くんの心配をするように、両親も私のことを心配してくれているのは、痛いほどよくわかっているつもりだ。



確かに私も厳しく育てられた。

「そんなこと言っててどうする!」
と、言われその後の話しは打ち消された。
これも、私を強く育てる為だったのか。。。
だから、両親の性格、個性なのだと思うことにした。

そして、自分の中で処理するようになっていった。



親に相談出来ない。。。

息子くんには、そうなって欲しくないし、自分の中で不安や疑問を止めないで、心の声を聞かせてほしい。

今の私に出来ることは、限られている。
外で元気に一緒に走り回って遊んであげることも出来ない。

限られた時間の中で、限られた空間の中で、息子くんに出来ること、伝えることが出来ることを手探りだけど、見つけていきたい。


これが、今の私の宿題かなぁ。。。