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バンコクの日常

バンコク長期滞在者のどうでも良い戯言です。

バンコクに到着後は暫時ホテルに滞在し、彼には住むアパートを探して貰うことにした。

もちろん、多くの日本人駐在員が住んでいるスクムビット地区ではないし、外国人が比較的に住んでいる戦勝記念塔(ビクトリーモニュメント)界隈でもない場所である。

 

チャオプラヤ川を越えた地区にあるアパートを数軒下見して、一番外国人の私が住んでも大丈夫であろうというアパートに決めた。まあ、位置的には彼が住んでいるお姉さんの自宅も川向こうだし、大学も私のアパートからも近い場所である。

 

彼はその当時は家族と同居していて、昼間は姉と旦那さんは昼間は働いていて、幼い子供2人の面倒をみられない。彼が昼の間は甥っ子の世話とか洗濯とかアイロンがけの家事をしていた。(因みに20年前なんてタイには電気洗濯機なんて普及していなかったので、手洗いである。また、衣服にはアイロン掛けするのが必須である。)そして、夕方に夜間大学へ行き、勉強してから夜働きに行き夜中に帰宅する習慣であった。

 

私がバンコクに来てからは夜間働くのを辞めて、私と時間を過ごすようになる。もちろん、彼は自身がゲイであることを公言していないので、私とのことも秘密である。でも、今までと同じ生活を送る必要があるしで、大学の勉強が終了してから私の元へ来て、テレビを見たり、たまにご飯をたべたりで過ごした。そして、夜中に私のアパートを出て、自宅へ帰るのである。まあ、前にも書いたが私が毎月経済的に援助する約束はしたのでそれは彼が大学を卒業するまでは約束通り続けた。

 

私はと言えば、タイ語学校を見つけてタイ語勉強をした。最初は親にタイ語の勉強にバンコクへ行く、多分半年位とは言ったものの、半年では学び切れないので1年に延長する。でも、バンコクでの暮らしが日本での生活より快適だし、彼とも離れたくないしで結果的にはずっと住むようになった。

バンコクに滞在している間は毎日のように彼と会っていた。彼に毎日会い、彼のことをもっと知る度に彼を好きになった。

彼は南部出身で中学卒業後は父親の仕事であった漁師さんの仕事に就いていたが、このままではダメだと思って、既にバンコクに出て来て働いていた彼のお姉さんを頼って、バンコクに来たとのこと。

 

バンコクに来た理由は高校に進学して、大学に入学するためであった。だから、働きながら、夜間大学に入学し、平日夕方から大学で勉強し、土日は朝から授業を取って勉強していたようである。それで弟もいて同じ大学の全日制に通わせて、弟の学費も彼が捻出していたそうである。また、多くのタイ人は同じだと思うが、金額的には多くはないと思うが両親に仕送りもしているようである。

 

そう言うのを聞いて、私は経済的に少し援助したいと思い、日本に帰国してから毎月送金する約束をした。まあ、その頃、日本円は円高でタイバーツに対して、結構強かったので自分的には負担にはならない金額であったのは事実である。

 

彼と知り合ってバンコクに旅行者という形で滞在したが、日本に帰国してから再就職したが、彼のことがもっと知りたくてタイ語に興味が出てきたのである。日本に帰国してタイ語の読み書きに興味を持ってしまい、タイ語会話も出来ない状態であったが、読み書きの自習を始めた。

 一応、一か月位必死に頑張ってタイ文字の基本だけをマスターしたものの、タイ語会話は出来ないし、タイ語の読み書きももっと上達したくなった。でも、日本に居てはタイ語が上達しないであろうと思い、タイ語の勉強をしたいと考え半年位、バンコクのタイ語学校に語学留学しようと決心し、彼に連絡して、バンコクに行く旨を伝えた。

私は東南アジアについては男達が女性を求めて遊びに行く場所だと漠然と認識していたが、ゲイトラベラーにとってもバンコクがそのようなパラダイスみたいな場所だとは知らなかったが、2回のプーケット旅行後にそういうようなことを知った。

 

それもあり、酷使された工場勤務を辞めてから3度目のタイ旅行に出かけた。3度目はやはりプーケットへも行ったが、最初にバンコク→プーケット→バンコクというスケジュールであった。

 

最初のバンコク滞在でソイ4のゲイフレンドリーなクラブで勤務していた現地の男性と知り合った。私の一目惚れであった。バンコクに滞在してる間は毎夜彼に会いに行った。何に惹かれたかと言えば、南国の人間らしく濃い目の顔、肌色もそうだが、一番惹かれたのは彼が毛深くて胸毛が結構あったのが一番だったかも知れない。

 

このブログでも書いたことがあるが、私が小学生の時に銭湯で胸毛から下腹部に続く毛深い男性を見かけて、凄く男性を感じた同じ感性がビビッと来たのである。最初は見た目の第一印象が惚れた理由であるが、毎日毎日会って、彼と話している内に彼が非常に真面目な青年であることが分かり、性格的にも好きになって行く自分であった。