読んだらすぐに忘れる -8ページ目

読んだらすぐに忘れる

とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。

完璧な絵画―ダルジール警視シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)/早川書房
¥2,052
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何を書いてもこの素晴らしい作品のネタを明かしてしまうだろうから、

完全にネタをばらします。








作者は冒頭で「銘句、およびすべての賞の見出しは、ジェーン・オースティンの手紙からとったものである」とこれはオースティンのオマージュであると宣言している。(が、誰が気づく?)

ヒルもやはり英国の作家。

お国の代表的な作家ジェイン・オースティンについてなみなみならぬ関心があるようで、短編では「かわいそうなエマ」があり、長編では晩年の大作『死は万病を癒す薬』がある。

陰惨な犯罪の皮をかぶっている『完璧な絵画』も実はオースティン作品の系統に属する陽気で楽しいミステリであることが最後に明らかになる。

PDJやジョーゼット・ヘイヤーよりも巧みに犯罪小説をほっこりした微笑ましい話に持っていてしまうその手腕に、かなり驚いた。





ヨークシャーののどかな村エンスクームに一人の狂戦士が、散弾銃をもって次々と村人を血に染めていくオープニングにまず度肝抜かれる。現場に居合わせた中部ヨークシャー警察の聖三位一体ことダルジール、パスコー、ウィールドは狂戦士を捕らえようとするが、その凶弾が三人のうち一人を吹き飛ばす。

物語は、大惨事の二日前に遡る。

エンスクーム村の若い巡査が上司に伝言もせず行方をくらます。

彼の車には大量の血液が付着し、単純な失踪事件ではないと思われる。

本部から調査に訪れたパスコーとウィールドは、巡査を行方を捜すためエンスクームの村人たちと接触するうちに、エンスクーム村の諸問題に首を突っ込み、物語は脱線につぐ脱線とあいなる。




どんなシリアスなドラマが待ち受けているか、ワクワクしながら読み進めたが、読み進めていくうちに殺人とは無縁の話題に興味が出始める。

村を代表する斜陽の大地主の一族と対抗する新興勢力との攻防の歴史、家督相続問題、新進気鋭の女性画家をめぐる多角関係、村の郵便局で起きる不可解な盗難事件、巡査の不必要な巡回の謎に小学校取り壊し問題、カワセミ襲撃事件、等々。本筋の巡査失踪事件よりも面白い話が次々と出てきて飽きさせない。





ここら辺のどうでもよい話題を楽しく見せる手腕は流石。しかもこれらの一見無関係な話題が伏線となってそれぞれのエピソードに繋がっていく。

そして、結末に至ってオープニングの惨劇について完全に騙された事に気がつく。





救済された学校。合意に達した結婚。ウィールドの心の平安。複数の村人の生活様式の保全。終わりよければすべてよしの稀にみる「ハッピーでピースフル」な結末で読後感はさわやかだった。




エンスクーム関連エピソードは『幻の森』や『ベウラの頂』でも登場するので、ヒルも相当この作品が気に入っていたのでは思う。

闇の淵 (ハヤカワ ポケット ミステリ―ダルジール警視シリーズ)/早川書房
¥1,728
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レジナルド・ヒルもそうだけどシリーズ物は順番に読んだ方がいいと痛感する。

シリーズ準レギュラーになる人も沢山いて、その人たちを知らないままに読むとなんか損した気分になる。

(フラニー・ルートやダネフ・アルダーマンとかね)


さて、本書。シリーズ中期の力作で「魔がさす」瞬間の不気味さ、炭鉱を舞台にプロレタリアートと中産階級の越えられない壁などやるせなさ、人妻が若い男に股をひらくのかの綱渡り描写など読ませどころ満載。


南部ヨークシャーの廃坑道に閉じ込められたパスコーとダルジール。オープニングから絶体絶命の状態から物語は始まる。

ピンチの元を創ったのは、一人の青年炭鉱員コリン・ファー。

彼の父親は、友人の女の子を殺しどこかに埋めたと仕事仲間に疑われ耐えきれずに自殺したと言われている。コリンはその事を気にして自暴自棄になり、職場の仲間、会社側の人間、元恋人、母親など回りの人間をそして、自分を傷つけていく。

ある日、粗暴の悪い彼は遂にバイクの飲酒運転で大怪我をし、意味不明な不穏なうわごとを口にする。そして同日、彼を目の敵にしていた保安委員のひとりが炭鉱内で他殺体で発見。警察はすぐさまコリンの逮捕に動く。


中部ヨークシャーのダルジール御一行が、なぜ南部の事件に首をつっこむことになるのかというと、

事件現場が地下がちょうど中部側にあったこと、そしてエリー・パスコーがコリンの先生で、酩酊運転の教え子を助けるために警察と立ち問答していたから。


現在の事件が過去の幼女失踪事件と密接に関連しているようで、実はまったく関連がない。このあたりのプロットの転がし方は見事で、ダルジール警視はいつもの人心掌握術とはったりで、現在の事件の、意外で、しかし平凡な解決に辿りつく。(確かにね、ビッチを妻にもつとそうなるよね!)謎解き要素はすくなくても筋運びで読ませてくれるは流石です。

しかし、今回の一番の見どころは普通の人の「魔がさす」瞬間だろう。


ヒルの作品は不倫の設定が多いが、『闇の淵』でも年上の旦那の留守に昔の恋人とファックしちゃう若奥様が登場するし、エリー・パスコーも生徒と教師の関係から踏み外しそうになる。そんな女性の魔がさす瞬間にどきりとするエロさがあって、読んでるこちらが赤面しそうになる。

そして、子どもも友人も赤の他人も次々と人を平然と殺してく犯人が語る事件の真相は、ただ本当に魔がさしただけなのだ。これは恐ろしい。



最初の少女を殺すきっかけは声をかけたら逃げ出したから。それを追いかけているうちにスリルと快感を覚え、夢中で捕まえ、気がついていたら息をしていなかった。ただそれだけなのだから参ってしまう。

しかし、それを皮切りに犯人は次々と殺人を重ね雪だるま式に死体の数も増えていくので不気味だ。ヒルはこういう不気味な犯人を書かせると上手いなぁ。



先週、金曜日にカズオ・イシグロさんにサインもらいに新宿に行った。

渋い、ジェントルマンだったが、意外と小柄だった。


新作『忘れられた巨人』は寓話的なファンタジーで『わたしを離さないで』のような

切ない設定もあったりで面白かった。


読んでいてジェームズ・ハーバートの『霧』を読みたくなったので感想はその時に合わせて。

(スティーブン・キングの『霧』はまた違うのですね、怪物は人間自身という怖い話のようです)


流石に地方者なので、月曜日のハヤカワ主催の講演会には行けなかった。

どんな話をしたのか、気になるところ「ミステリマガジン」あたりで載るのかしら?

正義〈上〉 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)/早川書房
¥1,080
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正義〈下〉 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)/早川書房
¥1,080
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今年は未読のPDJを味わう年になると思う。

世の秩序と正義をつかさどる法曹界が殺人の舞台となる『正義』は、リーガル・スリラーが好きなのでPDJが、どういう風に料理しているのか楽しみで読んだが、リーガル・スリラーの要素は全然なかった。どちらかというとこれは家族の話だ。バラバラになった家族、バラバラにされた家族、危うく保っている家族といろんな家族が出てくる。そして、そこに事件の動機も潜んでいる。

PDJは形式美の作家なので、あまり突飛な事はしない。被害者が殺されまでに百数ページ、事件発生後の捜査、第二の事件、暴力と解決。いつも通りのパターンだ。読んでいて安心する。

数々の凶悪犯を無罪にしてきた弁護士ヴァニーシャ・オールドリッジが、ミドル・テンプル法曹学院の自室で刺殺体となって発見される。奇妙なことに死体には、判事が被る鬘に、法学院の同僚が保管していた手術用の血液をぶちまけられると異様な姿。

学寮の中に入れる人間は、限られており犯人は学寮の内部の人間に間違いない。ダルグリッシュチームは、彼女の身辺を洗ううちに彼女に大なり小なり恨みをもつ人間が多くいた事をしるようになる。

やがて、容疑者の一人に注目するようになるのだが、その容疑者が首をかききられて殺される第二の事件が発生。事件は神父にあてた贖罪の手紙によって解決へと前進するのだが……。

登場人物が多かれ少なかれ、問題を抱え、悩み、不安な状態であり、殺人によってかき乱される。

今をときめくキャリアウーマン、美貌も名声もあり、誰もが羨むような地位にある被害者ヴァニーシャは、殺される女性なので、いけすかない女性として描かれる。しかし、そのいけすかなさの中に弱く哀れな面が少し描かれ、彼女を取り巻くドラマにぐっと引き込まれる。特に不倫相手も、元旦那も、ボーイフレンドからもうとまれ、家族の問題を相談できない彼女の姿は可哀そうだ。

突然の暴力にすべてを失った女性は、復讐のキューピッドとなって危険な計画を実行する。ヴァニーシャ・オールドリッジの死が根底から覆してしまい、キューピッドは、まともな頭に戻るのだが、時すでに遅く暴走した獣を止められない。後半は本筋からは外れて、この獣を止めるためのサスペンスが盛り上がる。

そして、結末でタイトルの「ある程度の正義」が分かるようになる。

最終的に捕まえることはできない犯人は、ダルグリッシュに向かって「人間の正義というのは必然的に不完全なもの」と説き、「われわれの司法制度にせいぜい望めるものはある程度の正義を実現することだ」とのたまい、敗北を慰めるのだ。

これは意外だった。逮捕されなくても病気だとか自殺とか、犯人が何らかの形で裁かれるのがPDJ作品の特徴なのだが今回の犯人は五体満足で逃れる。『皮膚の下の頭蓋骨』とも違う非常に珍しいパターンだと思う。

The Demon of Dartmoor/Createspace
¥2,561
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すっごい、久しぶりにアルテ読んだ。

昔は毎年、夏頃に訳されて夏の風物詩ぽかったのにね。

(こんなの欧米じゃ珍しいが、日本じゃ腐るほど転がっているからかなぁ)

今ではミステリマガジンの短編か年末に誰かとメール交換した内容がどこかのムックに

載るくらいですか。


正直に言うとアルテは「読める時」と「読めない時」がある。

「読める時」は、所謂「本格ミステリ」を読みたい気分の時で、そういう気分でないと読んでも、あまり楽しめない。

今凄く「読める時」なので英語の勉強がてらキンドルで探してみる。

原書といっても当然、英語です。フランス語は全然わかりません。

アルテは、そこそこ人気あるみたいで、キンドルでそれなりに英訳がでていてちょっと驚いた。




さて、この『ダートムーアの悪魔』亡き殊能将之さんがアルテの傑作のひとつとして

挙げていたと思う。この人、アルテに妙に肩入れしていたね。

機会があれば他にどんな本がよかったのか近々、発売される日記を読んで確認してみたい。


さて、お話はこんな感じ

デボン州ダートムーアの上方に位置するステイプルフォード村で1930年代前半、怪事件が続発する。


ウィッシュトーアという見晴らしのよい崖の近くにある洞穴で、夜、いちゃつく学生カップルが、崖から川に落ちる少女をみかけて大わらわ。

しかも彼女はある人物と嬉しそうに会話し、その人物に突き落とされたように見え、しかし、その人物は目には見えない透明人間だったと言う。

第一の被害者エリザ・ゴールド、第二の被害者コンスタンス・キーツ、第三の被害者アニー・クローク。三人とも若い女性で同様の状況で、ウィッシュトーアから川に落ち、しかも川岸で時折、発見される死体のそばにトランプが散乱していた。そして事件は未解決のまま5年が経過。


1930年代半ば、若い舞台俳優ナイジェル・マンソンと新婚の妻ヘレンがステイプルフォードに訪れ、不気味で寂れたマナーハウスをみかける。トレリス・マナーは大昔、若い女性が見えない男に突き落とされる怪談話が伝わる曰くつきの屋敷で、怪事件が続発したウィッシュトーアも近くにあった。

このトレリス・マナーの物語に着想を得て作った舞台がロンドンで大当たりとなり、一躍金持ちになったナイジェルは、妻の反対を押し切りトレリス・マナーを購入。改装した上で、週末、舞台の興行主フランク・ホロウェイや舞台上、不倫相手役の共演者にして実生活でも不倫相手のナサリー・マーヴェルを招く。

かくして、殺人の起きそうな状況ができあがった日曜の昼。ナイジェルは屋敷上階の窓から身を乗り出し一階のカメラに向かってポーズをとっている時に、何者かに押されたように前のめりになって墜落死する。

上階の部屋に居た二名はナイジェルが落ちた時、誰もそばにいなかったと証言し、一階から目撃した人は誰かに突き落とされたような感じだったと証言する。




ディクスン・カーもこれほど投入しなかっただろうと言うくらい怪奇趣味をふんだんに盛り込んで、お腹がいっぱいになりそうな不可思議な事件にいつものツイスト博士とハースト警部が捜査することになる。



以下、ネタをばらしまくります。





アルテはフェアプレイの作家であることは邦訳作品を読んで分かる。フェアプレイすぎて不自然に感じ底が割れてしまうところが欠点か。

今回も多分、邦訳になると底が割れてしまうような伏線があるのだろうが、私に英語の読解力がないので適当に読み落としていい感じに驚かされた。



プロットの面では、過去と現在の二つの事件を結びつける「透明人間」の存在が、誘惑者=男であり、町の人間ではない人物が犯人だと読者に意識させるところが巧みで、ラストの危機一髪のシーンでもスケープゴートを用意して読者を欺こうとする。


トリックの面では、条件反射という実にシンプルなもの。考えてみたら馬鹿馬鹿かしいこのトリックを補強するのに過去のトレリス・マナーの悲劇をもってくるところが非常に上手い。

対象がカメラからこどもにすりかわることで事件の悲劇性がぐっとあがり、トリックの効力に関する説得力がぐーんと強くなる。



のん兵衛が村の学者に復讐するエピソードがいまいちよくわかんなかった。邦訳でたら確認できるのだろうが、まあないでしょうね。





ちなみにこんな感じの人たちです。







本棚にはまだまだあるけど、とりあえずまた二冊。ネタばらしありです。

















『紫の傷』


五篇収録の短編集。


ミステリ色が濃い短編集。アウト・オブ・プリントになっているのが不思議。








「唯一の証人」


会社の部長が、秘書の女と出来、痴情のもつれの果てに絞殺する。


警察に捕まる部長。留置場のなかで彼は女を絞め殺す夢を見るが、自分が秘書を殺していないことを知っている。そして、自分と秘書の事を嫉妬した妻の犯行でないことも知っている。残っているのは、秘書の恋人だった自分の部下だけだが、彼を告発するのはちょっとした賭けでもあった。








部長の視点と警察の視点で事件を眺めるような仕組みになっており、事件の主眼が、実は別のところにも存在したことが明らかになる。冒頭の夢のシーンが大胆な伏線になっており再読ひざをうつ。


「唯一の証人」が部長の無実を証明し、また同時に言い逃れのできない罪の証人ともなってしまうオチが巧妙。










「ゴースト・トレイン」


「小説推理」の特集で赤川次郎と連城三紀彦で競作がしたことがあったそうで、赤川は連城「恋文」を「ラブレター」として、連城は「幽霊列車」を「ゴースト・トレイン」としてリトライする面白い趣向のもの。


そういうお遊びって最近ないですよね。


線路の上に死を覚悟でレールに横たわった男、迫りくる列車に身をゆだねるが、気がつくとマグロならず、生きている。しかし、列車が通った証拠に男の片耳の鼓膜が破れ、腕時計は列車通過時刻に割れて壊れた状態だった。


不思議な自分の事件を聴いてもらいたくて話した相手は、「幽霊列車」の女子大生。「幽霊列車」事件のサイドストーリーとして、もうひとつの「幽霊列車」の話が進んでいく。








最近出版された「レジェンド」で島田荘司の作品を引き合いに熱く語っているのも頷ける。


物語の不思議さだけを見ると『占星術殺人事件』や『斜め屋敷の殺人』の豪快シマソーを思い浮かべるが、実は『眩暈』や『異邦の騎士』のシマソーなのです。


つまりは、記憶は嘘をつくということ。魅力的な謎に対する物理的な答えではなく、こっちの方が驚き、すこし背筋が寒くなる。








「落書きの家」


とある女子高生が、隣家でおきた悲劇を友達に電話で話をする。


美しい奥様、大企業の部長でダンディな夫、おしとやかな娘。裕福で何不自由なく素敵な家庭のように見えるこの家族と近所付き合いをはじめるのだが、どうもこの家族、ようすがおかしい。娘は、隣家の女子高生をだしに不特定多数の男と遊びまくって、父親をやきもきさせる。妻は娘に隠れて不倫をし、夫にも不倫相手がいるようで、見た目は幸せそうな家族の不幸な一面を女子高生は見せつけられる。


やがて、娘は誰の子か分からない子供を妊娠し、母親はおろおろ、父親は動揺のあまり事故で死んでしまう。








この不幸のドラマを友人は、華麗に絵解きしていく。連城はこういう逆転劇がすきね。


「花衣の客」や「二重生活」を合わせて、さらに進化させた因縁ドラマで、結構好きです。ドロドロの愛憎劇を外側からのぞかせる意図や倒錯した結末もいい。









「眼の中の現場」


妻に癌であることを告知して自殺に向かわせた医者の夫。


未必の故意ともいうべき、医者の犯罪。誰も知りようない医者の秘密を妻の不倫相手が知っており、医者に脅しをかけにくる。


「デス・トラップ」や「スルース」のような舞台劇を彷彿とさせる。


病院のような真っ白な部屋で展開される、夫と間男のドラマは意外な方向へと二転三転して読者を転がして行く。





この結末では果たしてどちらの男が勝ったのか分からないというのが、ミソ。




復讐が成就し、医者は失墜、青年はプラットフォームで自殺した女性に報告するだけかもしれない。


でも一方で医者が青年の仕掛けた罠にはまり、不安のあまり不意に病気で倒れ死んでしまい警察に連絡できない。青年は警察に連絡がいかなかったことを知り、好きだった女性が投身自殺したフォームに同じように飛び込むかもしれないと受け取ることもできる。













「紫の傷」


シンデレラストーリーにしてコメディです。


孤児院育ち、警官くずれの男は、小さな警備会社でボディガードをしている。


ある日、お嬢様学校の卒業生の旅行に付き添う仕事を仰せつかるのだが、遺産相続を巡る敵の襲撃や、自分の体に刻まれた傷と意外な過去が明らかになる冒険の旅となる。











ボディガードが実は保護対象だったという逆転の設定は面白い。しかも守ってくれるのが女性と「逆転」にもひねりが加わっている。





しかし一番意外だったのは、連城に多い酷薄な親の設定が、この作品では見事にひっくりかえっている点。これはいままで読んだ中で初めての事なので、これが一番驚いた。

















『蛍草』


五篇収録の短編集。


主に恋愛小説が中心。ミステリとしては「カイン」と「選ばれた女」くらい。


解説では作者と田中芳樹夫妻とのエピソードが書かれている。









「蛍草」


勢力の弱くなったヤクザの組長が、命を狙われ負傷する。組の中で組長の懐刀である侠客は、組長の仇を討つために、単身で相手の組に乗り込もうとするのだが、組長の姐さんが、とりもつ縁談にかちこみの意思がぶれてくる……。


連城はたびたびこういう湿っぽい任侠ものを書く。こういう作品では私はイケイケ系が好きなので、こういうのは合わない。


ここでは組長の姐さんの一計がミステリの肝になるような話だが、悲恋が中心の恋愛小説か。


結婚したその日にかちこみをかけて二度と戻ってこないかもしれない夫。それでも夫婦になって渡世人の妻として匕首を玄関で手渡す女が不憫。まるで出征まえの夫婦みたいな描き方になっている。








「微笑みの秋」 


離婚した夫婦がいい感じに復縁する話。


復縁のきっかかけで、子はかすがいのような話は「化石の鍵」といったトリッキーな短編がある。


しかし、これは、子どもはまったく寄与しない。ひねりもなく、かませ犬の青年ただひとりが可哀そうな感じで終わる。








「カイン」


かなり技巧的なゲイミス。二重人格の男性患者とその主治医の精神科医師の青年の愛憎の物語である。


患者は大人しい性格で彼女もいて緑色に執着する青年。しかし、何かの拍子に凶暴なゲイ野郎に変身する。ホモっ気のある精神科医師は、その凶暴なゲイ野郎の方に翻弄され苦しめられ、遂に殺人に手を染める。


殺人犯が家に戻ると、そこには大人しい性格の方の彼女が、意外な真実を持って待っていた。











患者が佯狂で、医者が真正の狂人という連城らしい逆転劇。彼女の正体を読んで、吹いてしまった。








「選ばれた女」


彼氏と別れたばかりの傷心の女性が、道で親切にしてあげたアメリカ人青年と職場で偶然出会い、ホテルに食事に誘われる。振られて落ち込んでいた女性に降ってわいたデートの誘いに、心晴れるような気分になったのもつかの間、青年が自分とおなじような名前の日本人妻を絞殺後、剃刀で切り刻んだ疑惑をもつアブナイ男だと知る。


しかし、分かった時にはもう遅く、アメリカ人青年にまんまと拉致られてしまう。


狂気的な男の行動に死を覚悟する女性。しかし、事件は意外な形で幕が下りる。










連城ファンならおそらく先行する「親愛なるエス君へ」を思い浮かべる。先行作品よりもソフトな感じに仕上がっているので、毒気はあまりない。








「翼だけの鳥たち」


勝って負けるか、負けて勝つか。


白鳥とアヒルの女友達が一人の男を巡っての奇妙な三角関係の物語。正直、女どもよりもこの奇妙なゲームに巻き込まれた男の方が可哀そう。女性同士の見栄の張りあいに巻き込まれた感がある。
















ザ・ドロップ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)/早川書房
¥1,404
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ルヘインの世界では、登場人物たちの人生はままならない。

パトリックとアンジーは、幼馴染で、四六時中一緒だったのに、なかなかくっつくことができなかった。

ある男は誤ってかつての友人を殺してしまい、捜査官はおのれの迷宮に閉じ込められ、

ボストンきってのロイヤルファミリーは離散、辛酸をなめる人生を歩む。

『ザ・ドロップ』もそういう「ままならない」雰囲気を醸すルヘインらしい短めの長編。

長編に仕上がった経緯が結構珍しい。短編「アニマル・レスキュー」から映画シナリオへ発展、そしてシナリオから長編に変化した変わり種だ。

かつてルヘインは短編「グウェンに会うまで」を舞台台本「コロナド」に改変したことがある。そういうのが好きなのかもしれない。

ボブ・ザイギノウスキは短編の頃から変わりない。

冴えない、もていない、孤独で、善良ですこし鈍い大男といった外見だが、愛犬ロッコの世話を考えるだけで幸せになってしまう純粋さと意外にも冷静で知性が備わっている。

ボブの賢さは、短編ではラストの急転シーンまで明らかにされないのだが、今回の長編化に際して、随所に描かれる。強盗犯の片割れの特徴をよく見ていたり、チェチェン・マフィアの好みをさりげなく把握していたり、挙句はマフィアとはまったく関係のない(しかし、実は裏では関係している)犯罪の隠蔽を上手に説明し、手伝ってもらった上に契約社員から、めでたく正社員に登用される如才なさ。

実は、このマフィアに犯罪隠蔽を手伝ってもらうところは、短編では唐突な感じであった。例え、ギャングにとって重要な「ドロップ(中継所)」であるとはいえ、始末まで手伝わないと思うのね、しかし、今回はギャングも手伝う理由をちゃんと用意している。語り落としたところを長編でちゃんと語っている。こういうのを読むと嬉しくなる。

追加プロットはカズン・マーブとエリック・ディーズ、エバンドロ・トーレスの物語。

カズン・マーブとエリック・ディーズの負け犬人生だ。過去の栄光に溺れないようにもがき続ける者と幼少から過酷な人生を歩み頭のねじがゆるんでしまった男が、それぞれの思惑を胸に手を組む。これは短編にはなかった展開である。

特にカズン・マーブの描き方が丁寧だ。

聖歌隊の一員だった幼少から人生の挫折を味わい、ギャングとしてもチェチェン・マフィアの駒働きとなりうだつがあがらない。ボケた父親と赤貧に苦しむ姉、上に登りたいマーブは、そんな人生に嫌気がさし、一発逆転の危険な賭けに出るのだが失敗してしまう。後悔にさいなまれる男が泥沼にはまっていく姿が切なくなる。

トーレス刑事は、いわば人差し指を突き出し、親指を撃鉄のように立てて撃つような役回り。最初からボブに目をつけてはいるが、彼を捕まえることはできない。

上司の奥さんを寝取って左遷されたエリート刑事は、妻がある身にも関わらず、殺人課の女性刑事と不倫し、事件の情報を仕入れる。カズン・マーブの強奪事件からグローリー・デイズ失踪事件まで洗えば洗う程、キャリア復帰のネタになりそうな気がするのだが、結局はボブと握手するだけで終わってしまう。やはりままならないなぁ、人生は。

最後に、やはり犬を飼っている人すべてが読んでいてひやっとする瞬間を描いて物語は幕を閉じる。

幸せなものをずっと手にしていることの難しさをボブは承知している。その静かな諦念も、これまたルヘインらしい。

強襲 (新・競馬シリーズ)/イースト・プレス
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これは本当にうれしい。ホントに
およそ四周遅れの邦訳だが、イーストプレスには深謝せずにはいられない。しかもハヤカワ時代とあまり変わらない装丁、同じ北野さんが翻訳者でなお良し。


元プロ騎手でありフィナンシャル・アドバイザーのニコラス・フォクストンは、グランドナショナル観戦にエイントリー競馬場に来たのだが、白昼堂々、六万もの観客の中で一緒に来ていた同僚ハーブが撃ち殺されるショックな事件に巻き込まれる。
犯人はサイレンサーを使った殺し屋でハーブを狙って「処刑」したと思われる。事務所の決まり上、遺言執行者として指名されていたフォクストンは、彼の私物を探るうちにインターネットギャンブルにまつわるハーブの裏の顔を知るようになる。
死んだ同僚の整理だけでも迷惑な話なのだが、フォクストンはさらに三つの厄介事をしょい込むことになる。
一つは、事務所の大口顧客の貴族から秘密裏にある投資についての調査依頼。信託基金として預けていた金がありもしない投資に流用され、それが事務所のシニアパートナーの一人による背信行為かもしれないと言う。事務所にばれないように投資先に流れた金を調べるうちに、EUから巨額の寄付金を騙し取る犯罪があることを突き止め、命を狙われるようになる。
二つ目は、フォクストン自身の顧客であり騎手仲間だったビリーの無茶な要求で諍いとなったところ目撃され、そのビリーが何者かに殺されかける事件が発生。警察に拘留される事態に。
そして、最後に長年つきあってきた恋人との関係。最近ようすのおかしい恋人が打ち明ける辛い現実に一緒に乗り越えることを決意する。
これらの四つが混ざりあって主人公を苦しめ、奮起させ、事件解決に向かって進ませる。


やはり、フェリックスになっても競馬シリーズは変わらない。相変わらず面白い。


金融系ではかつて『名門』という名作があった。まあ、この名作には及ばないがそれでも『強襲』は面白い。比べて読むと時代が変わった感じがする。金融といえば銀行家だったのが、今ではフィナンシャル・アドバイザーだ。


時事問題としてここ数年あったことも盛り込まれていて四年前に訳されていたらさらに面白かっただろうな。バーナード・マドフ事件なんかこの時期もっともホットな話だったと思うので。(ハヤカワはなぜ手放したのだろうね?)
投資という世界経済のバランスゲームをブックメーカーと客の駆け引きに似ていると主人公はのたまうのが、このシリーズらしい。


障害レースも、仕事も、投資も、犯罪も、恋人の病気もすべてを「ギャンブル」としてとらえ、「勝ち」にこだわる主人公が、降りかかる難事に打ち勝っていく姿を描くところが、競馬シリーズの面白さの一つだ。
もともとリサーチャーとして父ディックと母メアリーの手助けをしていたようだし、メアリーの死後、彼女のあとを引き継ぎ、ディックと二人三脚でやってきたのだから、その「面白さ」も継承されている。
前作『矜持』でディックが書いたと思しき次世代へのたづな渡しのシーンと同様に、ディック&メアリーからフェリックスへ、たづなはしっかりと引き継つがれていた。ちょっと感動的だ。


ただフェリックスらしいところもある、例えば主人公の態度。
被害者とはいえ、命の危機にさらされているとはいえ、やたらめったら人を殺してしまうのはどうなのだろう? ここらへんは実は『審判』あたりからずっと思っている。
不満なところもある。気になる話を不意に切り上げてしまうのだ。
子どもが産めなくなってしまったことで非常につらい思いした母親が、卵巣がんで片方を摘出しなければなく、抗ガン治療で子どもが産めなくなってしまう恋人を息子の妻としてどう受け入れようとするのか、このドラマが語り落とされている。
ミステリとしてはこんなものかな。ハーブのポケットに残っていた謎の脅迫文を書いた人間の心理を考えたり、急死した貴族が殺人である可能性を探る等、謎解きの要素はそれなりにある。しかし、ラスト間際の黒幕の不注意な発言で、主人公が真相に気がつくはちょっと甘いかな。もう少し伏線が重なって犯人にいたるみたいな話だといいんだけど、まあ競馬シリーズですからね、謎解きは二の次でもかまわない。


イーストプレスは「新・競馬シリーズ、ここにスタート!」と書いてくれているけど、これってどんどん翻訳するということなのだろうか? 期待しています。是非やってください。多少高くなっても、私はお金を出して新刊を買います。
少なくともフェリックスが描くシッド・ハレーは読んでみたい。


甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)/新潮社
¥2,484
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イアン・マキューアンは、シリアス・ノヴェルの人というのが私の認識で、とっつきにくそうだなと思っていた。

どっこい、スリラーやサスペンスのようなミステリに近い、ミステリの手法を使った作品も書いているようで、この『甘美なる作戦』もスパイの女性が主人公で、いわゆる「叙述トリック」が使われている。





物語はかつてMI5の下級職員だったセリーナ・フルームの一人称の自己紹介で始まる。





彼女の成長とMI5入局、そして「スウィート・トゥース作戦」によって知り合った男性作家との恋と作戦失敗の顛末が語られる。

本を読むことが好きなのに母親から数学の道を押しつけられ、その道で落第生の憂き目にあったセリーナは、恋人を通じてMI5のスカウトマンである大学教授と知り合う。恋人との仲も終わり(行為中にタオルを使わないといけない程、尖んがっている恥骨ってどんなんやねん! しかもゲイって)、めでたく年上の大学教授と不倫関係になる。

1972年、教授は彼女に歴史と世界情勢、愛国とセックスを提供し、二人は満足した生活をおくるのだが。今度は教授のほうから一方的にセリーナは棄てられる形になる。

MI5に就職できたもののタイプライターのような下級職のため、華やかな活動はない。職場と住居を往復するだけのただ単純な生活がある作戦への関与で一変する。



スウィート・トゥース作戦。

70年代、ソ連がボリショイのような文化事業をプロパガンダの敷衍に使っているように西側もそれをやろうとする。しかし、西側の作家を含めたクリエーター達は、自分たちの真価が問われず、ただプロパガンダの敷衍に適しているだけにちやほやされることに恐れをなして、アメリカにおける文化事業作戦は失敗。MI6主導の作戦も不発に終わる。

ここでMI5は、独自のルートでこの作戦を展開するため、優れた作家の選定とスウィート・トゥースへの参入を促す役をセリーナに任せる。下級職員からオフィサー、そして作家トム・ヘイリーとの出会い、自分の正体を隠し、恋に落ち縁の下方から支え、ヘイリーの才能が賞の獲得で花開く、と順風な生活をおくるのだが、メディアによる「スウィート・トゥース」の暴露によって、作家の才能への疑問と彼女の正体が世間にひろまってしまう。誰が情報をリークし、二人の恋路を邪魔したのかも明かされるが、ミステリの主眼はそこではない。





こどもだと思ったら大人だった、男だとおもったら女だった、昨日のことだと思ったら去年のことでしたとか、そういう類の「叙述トリック」だが、ネタを明かしても十分に楽しめる作品なので、ネタをばらします。





読者はセリーナの一人称で読んでいたのだが、結末で、その背後にいた本当の作者ヘイリーが(その後ろにはマキューアンがいる)ひょっこり顔をのぞかせ、君が大好きだと告白するから困惑する。しかしじっくり読むに随いマキューアンの仕掛けたトリックの必然性に膝を打つ。まさに恋愛小説に相応しいトリックだ。





そもそも「SPY」と「DITECTIVE」は、ともに「見る」という行為から派生した単語で兄弟といっても良い単語だ。スパイ小説とミステリ(探偵小説)の親和性、兄弟のような関係性も納得。

スパイが敵陣に潜行し、敵の見方で物を考え、次第に染まり二重スパイになるというようなことがあるように、ヘイリーも女スパイ「セリーナ・フルーム」を彼女との生活や親しい人たちのインタビューを通して小説『スウィート・トゥース』の一人称を固めていく。その行為を通じて裏切られたことに対する腹立たしさよりも、彼女のことがますます大好きになっていく。

「すべての小説はスパイ小説であり。すべての作家はスパイである」とマキューアンは発言しているようだけど、『甘美なる作戦』の試みを読むと、「なるほど」と思う。





作中、セリーナとヘイリーの会話で「トリックなしに人生をページに再現することは不可能だ」なんてカッコいい台詞が飛び出す。この小説が出版され、読者が読めいているということは二人は幸せになりましたという結末だろうね。メタ的なトリックを仕掛ける点で、マキューアンは、ミステリセンスのある作家だね。他の作品も読みたくなってきた。





メタ構造という点では似たような試みをしている佐藤正午さんの『鳩の撃退法』を読んでいるが、これもまた面白いので後日感想を書く予定。この作家にしては珍しく、キャラクターの共演というファンには堪らん構成をとっており、それもまた魅力。



この二人の組み合わせはわざとか? MWA。


母親をころされた子供 ジェイムズ・エルロイ


子供を殺された母親  ロイス・ダンカン


どちらもキャリアは長いけど、エルロイの方が有名ね。

最新作は来年訳されるようで、なんとも嬉しい。

またダドリー・スミスに会える訳です。