わらしべ刑事の密室探求 | 読んだらすぐに忘れる

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とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。



シリーズ三作目はあのシマソー『占星術殺人事件』のインスパイア作品。



前作で降格になったダフィは、古巣キャリクファーガス署を追われる。そして、当て逃げの濡れ衣を着せられ、退職することに。何もかもが嫌になり北アイルランドから出ようとするダフィを引き留めたのは、MI5だった。彼らは、かつての友人にしてIRAの有能な指揮官、爆弾テロリストでもあるダーモット・マッカンを捕まえれば、犯罪捜査部の警部補に返り咲けるという。刑事に戻りたいダフィは申し出を受けるも、彼の親族、関係者は口を閉ざしたままで埒があかない。しかし、関係者の一人からある殺人事件の犯人を見つければ、ダーモット・マッカンの居場所を教える取引を持ち掛けられる。わらしべ刑事は雲をつかむようなテロリスト探しよりも、得意とする殺人事件の捜査に取り掛かるのだが、それは密室と化した店内で事故死と処理された事件だった。



ミステリファンで「密室物」を積極的に嫌いという人は少数だと思う。紀田順一郎さんは「密室に夕暮れが訪れた。カンヌキのかかった厚い扉をこじあけようとする者は、すでにいない」と半世紀前に密室物は袋小路に入り、すたれると言った。ところが、いまだに作り手と読み手はこのジャンルに熱中する。

シマソーインスパイアと聞いていたので、空を飛んだり、斜めに滑ったり、ピエロが消えたりするのかと想像していたが、超古典的なそれこそ閂がかかった密室物だった。しかし、古臭い密室ミステリも見せ方次第で魅力的な読み物になる。トリックそのものは単純で大したことないが、事故か殺人か、地道な捜査で明らかになる工程が面白い。当時の警察の徹底した捜査に本当に事故ではないかと弱気になるが、同じ時期に同じ町でおきた窃盗事件にひっかかりを覚えたダフィは、その周辺を洗っていくうちに見落とされていた手がかりを見つける。



密室の謎解きが終わっても、本筋の大捕物や歴史の裏ではたらく深謀遠慮の世界を垣間見させる内容で、ぐいぐい引き込んでいく。

今回は、歴史的事実とダフィの活躍の接点がかなり密接なものになっている。1984年10月12日のサッチャー暗殺未遂だ。保守党党大会開催中のブライトンのホテルでIRAによる爆弾テロで議員やその家族など5人が死亡、30人余りが負傷した。サッチャーは無事だったのだが、その裏でダフィがまさに粉骨の努力をしていたことになる。 望み通り、刑事への復職と地位を手に入れたにも関わらず、ダフィ気分は晴れない。北アイルランドの未来を聞かされたダフィは自分たちが身体を張って守っていたものが無意味であるように感じ気落ちする。



本書は2014年に出版された。ヨーロッパ統合がなされ国境の意味がなくなる未来に北アイルランド問題なんて些末なことだとMI5に言わせる著者だが、ブレグジットによって再びアイルランドとの国境問題が取り上げられるなんて、想像もしていなかったに違いない。



マッキンティさんは『レイン・ドッグス』で再び不可能犯罪物をやる。