遅ればせながらの三連発 | 読んだらすぐに忘れる

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とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。

私は競馬が好きではありません。

だからフランシスに興味がもてなかった口です。

しかし、後悔してます。フランシスをもっと早くに読んでおくべきでした。

遅ればせながらディック・フランシスという偉大な作家に気づく今日この頃。


そんなイギリスミステリのチャンピオン、フランシス三連発。

『血統』 著 ディック・フランシス

 

ディック・フランシスを読むきっかけをつくってくれたのは打海文三である。この作品、打海文三のお気に入りだったから読んでみたいと思った。曰く、「二人の女性がじつに魅力的に描かれている」から。

なるほど、確かにユーニス・テラーとリニイ・キーブルは打海作品にでてくる女性に近い。打海が気にいるのも納得だし、たぶん自分の世界を創っていく上で、ル・カレと同様にフランシスを手本にしていったのではないだろうか。

『血統』の主人公は英国諜報員のジーン・ホーキンス。付き合っていた女性に振られた事と、過酷な仕事に精神的に参ってしまい毎夜、自殺を考える中年男性である。上司は三週間の休暇中に彼が自殺を試みることを心配し、それを忘れさせるような私的な仕事を用意する。輸送中に消えた種馬となる名馬を取り戻して欲しい、上司の友人デイブ・テラーを最初は拒むのだが、ジーンの目の前でテラーの命が奪われそうになり、依頼を承諾する。血統を明かせない名馬に価値はないのになぜ敵は奪うのか、敵の正体を追いホーキンスはアメリカに乗り込む。

 ウマい作家ほど脇役が印象に残る。

 歳のはなれたジーンに恋するリニイ。退屈が高じて破天荒な行動をする寂しがり屋ユーニス。仕事と家族を両立する恐るべき上司キーブル。そして、保険調査員ウォルト・プレンセラ。プレンセラはこの物語では非常に印象的だった。愛する家族がいて、自分を大切にし、良識的でいい男。ジーンのやることに文句を言いつつも、彼をサポートしてやるウォルト。ジーンとは全く反対の男なのにもかかわらず、ジーンが背負うことになるはずだった役割を背負うことになる。この二人の最後の会話がもう涙なくしては読めない。ジーンの悔恨に満ちた、しかし、どうしてもとらざるをえない非情な行動に心揺さぶられる。

しかし、苦い後味は残さない。それを枷に逆に「生きる」ことを決意するジーンの姿は熱くなる。


『標的』

 伝統的なイギリス田園ミステリをフランシス風に味付けしたらどうなるか? 答えは『標的』になる。

サヴァイヴァル専門の著書を著わしてきたジョン・ケンドルは、生活のためにある競馬調教師の伝記を書くことになる。初めはケンドルをよそ者扱いしていた家族や隣人たちだったが、やってきて早々に起こった事故への対処から株がぐんぐん高くなり、やがては皆が頼りにするようになる。そんな行方不明だった女性厩務員が白骨死体となって発見される事件が起きる。犯人は近くにいるが、誰もそれを信じない隣人たち。しかし敵の卑劣な罠が容赦なく隣人たちに迫り、ケンドルは見えない敵に立ち向かうことになる。

よき友、よき隣人であるケンドルの「いい人」ぶりが読んでいて心地よい。フランシスの描くヒーローは本当にカッコいいね。面白いのはケンドルが「犯人」ではなく「敵」や「射手」というとらえ方をしているところ。フーダニットを意識してはいるが、やはり興味の中心は苦難のなかを最善の道を選ぶサヴァイヴァルの技量を発揮するヒーローの姿がみどころ。

『大穴』

 フランシスのヒーローたちのなかで最も有名なシッド・ハレーが活躍する最初の作品。今まで読んだ二冊とは異なり、シッド・ハレーというヒーローは皆から愛されている。しかし、そんなことはお構いなしに自分の人生を蔑ろにし、周囲の人間を心配させる。そういう意味では『血統』のジーン・ホーキンスに似ている。そして、彼を襲う一発の銃弾、信頼している義父の「あの男とシーベリィ競馬場を争いたまえ」の一言から再起の物語は動き始める。

 ここでもやはり「生きる」ことがテーマになっている。

「生きる、それとも存在するだけ?」

「生きるさ、絶対に生きる」

 銃弾や拷問のような壮絶な痛い目をみて再びハレーは、生ける屍から「生きた」人間に目覚める。辛いことがあってもそれを明日への生きる糧へと結びつけることができる、そんな描写が読んでいて清々しいし、勇気づけられたりする。フランシス自身もこのキャラが気に入ったのか『血統』でもラドナー-ハレー探偵社の名前を出したりしているので、初期のころにハレーの再登場を考えていたのかもしれない。