両膝を痛めて歩くのも一苦労の状態から、右膝の骨挫傷を治療すべく2週間少しの休暇をいただいた。
職場に復帰して3週間ほど経過した。
始めこそ変形性膝関節症の左足をかばいながらの勤務だったが、痛み止めの内服薬と湿布で抑え込んだら痛みなんてすっ飛んでしまう。ついつい、ムリしてしまう。
仕事が終わり、サポーターを緩めてやっと自覚する膝の痛み。リハビリの先生にもそこを指摘される。
土日出勤なんですよねー。

「○○さん、ムリしないでくださいよ」

は、はい…守れるかどうかわかりませんが。
5月24日。
23年前、神戸児童連続殺傷事件で殺害された男子児童の命日です。
毎年この日に寄せてお父様の土師守さんが談話を発表されます。今年も、新聞で読みました。

加害少年が医療少年院に収容されても、更正可能なのか、再犯はないのか、被害者への贖罪の気持ちが芽生えるのか…そんなことを、年に1回必ず考える日になりました。
退院してからは、手紙とお金を送っていたようです。
しかし数年前、遺族に了承を得ずに「絶歌」という本を出版しました。同時にWebサイトを立ち上げ、有料のメルマガを配信し始めました。

何でそんなことすんねん…

これが素直な感想でした。
きっと、何とか更生して贖罪の気持ちを強く持って生きてくれていることを無意識に期待していたのでしょう。

君には更正のためという名目で、新しい名前と戸籍を与えられる。
でも君が殺めた2人は帰ってこないんだよ。
重傷を負わせた少女は、ずっと心身の傷を抱えていくことになる。
そして被害者のご遺族、被害者のご家族はずっと「なぜ自分の家族が」と問い続けていくだろう。
その「なぜ?」に答える義務が君にはあるんじゃないか?

そして君の弟2人は君との血の繋がりを断つことはできないんだよ。名前を変えても、君の兄弟であることを止めることは不可能なんだよ。

元加害少年は38歳になります。
彼が自分が起こした事件を省みて、向き合い、これからの生き方を模索して欲しいと願わずにいられません。

山下彩花さん、土師淳くんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
夜中に何とも言えない寒さで目が覚めた。

夜尿症だ…

薬を処方してもらって、しばらく治まっていたのに…
なぜだ。なぜだ。
何でぶり返してきたのだ。

みじめで悲しくて情けない。
可愛かずみさんのスコラのグラビアページに、
『22歳になったんだ。そろそろ女を意識しちゃおうか、ホントよ。』
というキャプションがついたものがあります。
少女を卒業し、ひとりの女性として、環境もご本人の意識も変わってきていた頃なのかなと思います。
自分が努力すれば報われるという手応えもあったのかもしれません。。
いずれにしても、22歳の女性として公私ともに明るい未来が待っていることを信じていたのだろうと思います。
でもこの10年後に、かずみさんは自ら命を絶ってしまいました。
そのことを思うと、心の奥が握りつぶされたような悲しみに襲われます。



今年も巡ってきた5月9日。
23年前に可愛かずみさんが天に還られた日です。
今年も時期を見計らってお墓参りをさせていただくつもりでした。
でも、さすがにしばらくの間無理だろうと判断しています。下手したら年内ダメかもしれませんね…

昔大好きだったバンドの曲に「天までとどけ」という曲がありました。
家でかずみさんのアルバムを聴いていたら、ふとその曲の歌詞を思い出しました。
何回か行かせていただいている、かずみさんが眠っておられるお墓。掃除をし、花と線香を手向け、タバコをお供えして手を合わせる…それだけで何だか気持ちが穏やかになります。
失礼な表現になりますが、かずみさんに護っていただいている…そんな気がするのです。
その状況と、その曲の歌詞が何となく似ているように思えました。

今何を思っているの 何を考えてるの
こんな広い空のどこかで今も笑っているよね
最近よく思うことは 君がいてこそ僕がいた
これからも頼むから面倒見てよ

そう ただ少し 姿が変わったたけで
君は僕の胸の奥に引っ越して来ただけ

ひとつひとつが大きくて ひとつひとつが優しくて
今までの何もかもが僕をかけめぐる

(中略)

ずっと ずっと 変わりはしない
今まで築きあげてきた この場所は君の場所だから
聞こえるよね 僕の声が
光輝く雲の上までも 上までも
聞こえるよね みんなの声が
光輝く雲の上までも上まででも

BAKU「天までとどけ」より

かずみさん。
今もあなたは広い空の上から明るい笑顔を届けてくれているんですよね。
今かずみさんがおられるところまで、あなたのファンの方々の声や想いが届いていますよね。

We keep on loving you forever, KAZUMI KAWAI. 
R.I.P.


このブログは、初めて可愛かずみさんのお墓参りをさせていただいた時のことを書き留めたくて始めました。
そのうち自分の中でとぐろを巻いて吐き出す場所がないメンタルに関することも書くようになりました。

数十年前、鉛筆で絵を描くということをボチボチやっていました。原稿を白黒コピーして、鉛筆で方眼のようにマス目を書きます。絵を描く方の紙にも原稿のマス目の縮尺版のマス目を書きます。方眼を頼りに鉛筆でアウトラインを描き、紙に書いたマス目の線をそっと消しゴムで消す…正確にはデッサンとは言えないですが、時間があって「描きたい!」と思わせてくれる写真があれば描いていました。

うつ病を患って、絵を描くことができなくなりました。
でもかずみさんに惹かれ、明るい笑顔を見ているうちに久々に「描きたい!」という気持ちがわき上がってきて、描くことを再開しました。

大したことを書いているブログではありませんが、かずみさんのデッサンをアップし始めるとアクセスして下さる方が増えるようになりました。生前からかずみさんのファンの方も見て下さるのがとても嬉しいです。

かずみさん。
あなたがいて下さったから、できた繋がりがたくさんあります。
本当にありがとうございます。

私の命なんて何の役にも立たない。迷惑なだけ。
子供の頃から、ずーっと思っている。

尾崎豊さんが亡くなられた時。

私が代わりに死ねばよかったのだ…
その方が、世の中ずっとうまく回るはずなのに。

事故や自然災害で亡くなられた方に対しても、常にその思いがついて回る。

命に意味があるなしなんて、誰にもわからない。
とりあえず私の命に意味はない。存在自体が迷惑。
命を必要としている方に差し出したい。
左膝に疾病(変形性膝関節症)、右膝に怪我(骨折手前)。
両足で立つのも痛く、両膝に湿布とサポーター、痛み止の内服薬で職場に行っていた。
立ち仕事&医療関係の仕事なのでテレワークも何もない。とにかく怪我した方の膝を治すべく、休職に入って1週間。
確かに、右膝の痛みは減って来たような気がする。
その代わり左膝の違和感がひどい。痛みと、むくんだような感じ(外見はむくんでないのだけれど)と、ねじれたような感じ…
サポーターのしめ具合を変えてもイマイチ…
気が重い。

私は医療関係の仕事をしているので、テレワークなどとは全く無縁で勤務先に通っていた。
3月に左膝の変形性膝関節症が判明し、湿布・サポーター・痛み止めの内服薬が手放せなくなった。
こういう時はたいてい物事が悪い方に進むものだ。
今月の始め、左膝の診察からの帰り道で、膝が中に入ったような変な感じがあって転倒してしまった。とにかく左膝をかばわなきゃと思い、右側に転んだような感じになった。
履いているデニムが破れ、擦り傷から血が流れていた。
バスに乗ってからそっとさわると、打撲の後にしては大きく腫れ上がり、内出血を起こしていた。
仕方なく翌日からは右膝にも湿布を貼り、何とか業務をこなしていた。
何日か経過しても右膝の腫れは引かず、痛みも全く治まらない。両膝でしゃがんだら立てなくなる有り様で、単なる打撲ではないかもしれないと思い、右膝も診察してもらった。
骨折こそ免れたが、骨の中で炎症を起こしていて内出血があると告げられた。骨挫傷。とにかく半月ほど安静にしていれば治まってくるだろう、と。
半月の休みは言い出しにくく、上司に辞意を伝えたのだが、休み後の経過を見てからでもいいのでは?と慰留して下さった。
そんなわけで、遅ればせながら(?)昨日から家で安静にしている日が始まった。痛み止めの薬を飲まなくなったら、けっこう足が痛むことに気づいた。薬で痛みを押さえ込んでいる間に無理をしていたのかもしれない。

時間があったら描きたかったかずみさんの絵。
表情もポーズも愛くるしくて好きな写真だ。

今年は墓参には行けないかもしれないな…





左足の変形性膝関節症、右足の膝骨挫傷。
仕事どころか、生活にも支障がある。
立ち仕事だから余計に痛む。
湿布にサポーター、痛み止めの内服薬…
見かねた上司が、休んで骨挫傷の方をしっかり治してきたら?と言って下さった。
というわけで明日から休職することになった。
ドクターはGW明けの診察後に復帰を決めるとのこと。
気持ちが切れてしまいそうだ。
戻る気力が残っているだろうか…