左指の付け根と左手の甲が腫れた。
連休が明け、皮膚科に行ったら「うーん、できかけのヘルペスにバイ菌が入って炎症を起こしてるね」と抗生物質やら痛み止め、ヘルペスの薬を処方された。


翌日。塗り薬を塗り、何とか仕事を終わらせた。

そして昨日。熱出てる。両方の肩、首、頭がめちゃくちゃ痛い。母親は「休んだ方がええんちゃう?」

休めない。
休んじゃったら、もう出社できないよ。
毎日ギリギリのところでやっているのに…

頭痛がひどくなる。熱が上がって来るのがわかる。
でも引き返せなくて、職場に着いてしまった。
義務づけられている検温…37℃を超えていた。
頭がずきずきする。もう、限界だった。
上司に帰る旨を伝え、帰途につく。
皮膚科に寄ってみる。
「ヘルペスの薬を飲んでいたので発疹はないんですが、神経に沿って痛みがひどいです」と話すと、
ドクターは「ああ、帯状疱疹だね。ヘルペスの薬と痛み止め、神経の痛みを鎮める薬を出しておくから。それから、仕事はもう1日休んだ方がいいよ」と言った。
確かに今日と明日は休んだ方がよさそうだけど…

問題はその後…
職場放棄してしまいそうな自分をどうやって止めたらいいの?
先週金曜日のMステの最後に、本来ならば生放送に出演予定だった三浦春馬さんのMVが流されました。
音楽やダンス活動をしておられたことを初めて知った私は、パフォーマンスにただただ圧倒されました。

三浦春馬さんの生前からのファンの方はどのような思いで見ておられたのでしょう…
こんなに才能ある方だったのに…
MVだけでも見られてよかった…
余計に悲しくなったり、辛くて涙される方もおられたことでしょう。
当然Twitterでもトレンド入りして、いろいろなツイートが行き交っていました。
「この後、所属事務所のアミューズが公式チャンネルにMVをアップするから、それを見て楽しんで欲しい」というツイートは私にはありがたい情報でした。

しばらくして、「すみません、『アミューズ』って何ですか」とツイートされた方がいました。
それに対し、「春馬くんの所属事務所の名前ですよ」というツイートあり、「ファンでもないのに俄に騒ぐな」「自分で調べろ」というツイートあり…
ファンの方たちが、そういう思いをするのは予想されたことでした。ファンの方たちにしか分かり合えない気持ちがあるのだと思います。
残念ながら三浦春馬さんの今後の活動を見てゆくことはできませんが、今回のMVを見たことがきっかけで、ファンになる方がいてもおかしくないと思うのです。
そんな方たちは「ファン」とは見なしてもらえないのでしょうか。

私が可愛かずみさんのことが気になって、生前からのファンの方たちが作られたWebサイトにお邪魔し、掲示板などに書き込みしても皆さんに温かくしていただけた嬉しさとありがたさがあるためか、今回のやり取りに少し違和感が残りました。
 俳優の三浦春馬さんが亡くなられました。
 発見された状況から、自殺らしいと…

 三浦さんのことは、ドラマ「アンフェア」で初めて知りました。 「14才の母」で一躍注目され、活躍の場を広げていって…ファンとまではいきませんでしたが、順調にいい俳優さんになっているなぁと感じていました。

遺書のようなものが残っていたそうですが、死を選んだ原因は本人にしかわかりません。

死への恐怖心もあったでしょう。
本人以外にはわからない、何かから解放される安堵感もあったでしょう。

この選択を肯定も否定もできません。

いつものように、これだけ社会に役立つ方が命を落とされるのなら、私が代わりに死ぬのに…と強く思いました。その方が絶対社会のためになるのですから。

詳細はもっと後に公表されるでしょう。
根拠のない憶測に振り回されないようにしたいものです。

改めて、三浦春馬さんのご冥福を心からお祈りいたします。
7月9日。
可愛かずみさんのお誕生日です。
この世に生まれてきて下さったこと。
15年間、「可愛かずみ」で居続けて下さったこと。
ただただ、感謝の一言です。
かずみさん、もう一度言わせて下さい。
HAPPY BIRTHDAY & THANK YOU FOR YOUR SMILE!!

新型コロナウィルスの影響はまだ大きく、そしてこの数日の記録的な大雨の被害に遭われた方々がたくさんいらっしゃいます。
誕生日にあわせて描いていたかずみさんの模写をブログにアップしていいのかな?と悩みました。
元々別の写真と迷っていたのですが、「かずみさんらしい」(と私が思っている)明るい笑顔の写真の模写にしていたこともあり、アップしました。
皆様、体調に気をつけてお過ごし下さい。


3年前の6月22日。
小林麻央さんが亡くなられた日です。

ご主人のためにも、ふたりの子どもたちのためにも、同じ病に苦しんでいる人のためにも、もっと生きたいと思っておられたと思います。

緑内障の手術で入院中だった私は安静にしていないとだめだったので、いつもと同じように何を見るでもなくテレビをつけました。

どのチャンネルも、市川海老蔵さんが昼から会見を開く、と伝えていました。
それを知って、思い浮かんだのは「あぁ、麻央さんに何かあったんだ…」ということでした。殆どの人がそうだったと思います。

海老蔵さんの会見を待たずに、麻央さんの訃報が報じられていきました。
なぜだ。海老蔵さんが会見を開くと言っておられるのだから、それを待ってからでもいいじゃないか。
なぜかものすごく腹が立ち、やりきれない気分になりました。

「バイキング」が始まった時。
字幕で麻央さんの訃報が出ていました。
その前にはNHKもニュースで報道していたと思います。
MCの坂上忍さんが涙ぐみながら、「この話題に最初に触れないといけないんだろうけど…」「会見を待ちましょうよ」というようなことを言われました。
ごく普通の、思いやりのある優しい言葉を初めて聞いたような気がしました。

その後の市川海老蔵さんの会見は見たのですが、目を真っ赤にした海老蔵さんがどんな言葉を発しておられたかがどうしても思い出せません。

海老蔵さんの口から、第一報を聞きたかった。
その思いは今も変わっていません。




6月21日。
きみが空に身を投げていなかったら、47歳の誕生日だったね。
人は亡くなった人の声から忘れていくと聞いたことがあるけど、きみの声も顔もふとした仕草も、忘れていない。忘れられない。
後を追えない私はきみを助けられなかったことの罰として、ずるずる生きている。それは、終身刑。
このブログは、可愛かずみさんのことを書くために始めた。
かずみさんが亡くなられて20数年が経過したある時…
「顔と名前を知っている女優さん」だったかずみさんの死に至るまでの短いノンフィクションを読んだ。
その本も、それまでにも何度も何度も読んでいたのだけど、その時急に「この人のことを知りたい」という思いがあふれてきた。
ファンの方々が運営するサイトにお邪魔して、全然知らなかったかずみさんの芸能活動を見ることができた。
強烈に惹かれていくのを感じた。
そして、東京のかずみさんが眠るお墓に参らせてもらうようになった。その時の写真や、感じたことを書き留めるためにブログという手段を選んだ。

かずみさんのファンの方々が見て下さるのか、かずみさんのことを書いたブログはアクセス数が多くなる。
本当にありがたいことだと思う。
昨日のアクセス数は自己ベストを更新していた。
記事別で見ても、かずみさん関連のブログに多くアクセスしていただいている。

見て下さる方々、本当にありがとうございます。
そしてかずみさん、本当に感謝しています。

これからもよろしくお願いいたします。
うつがひどくて、何年もテレビドラマや映画も見られず、大好きなSEKAI NO OWARIの曲すら聴けなくなっていた。
最近ようやく音楽が聴けるようになって、SEKAI NO OWARIはもちろん、他のアーティストで気になる曲を聴いている。
今さらながらハマっているのは、米津玄師さんの「Lemon」だ。

今朝方、昨年101歳で天寿を全うした祖母の夢を見た。

いつ行っても笑顔で迎えてくれ、元気で働いていればそれでいいと言ってくれた。
でも、何も言ってないのに、精神科でドクターストップがかかって働けなかった時は顔が見られてよかった、とだけ言ってくれる人だった。

私は祖母の101歳の人生最後の食事に立ち合えた。
力の入らない上体を支え、叔父がゼリーをすくって口元に運ぶタイミングで「あーん」と声をかけて口を開けさせた。お昼は食事どころか意識がもうろうとしていた時間帯があったようだったので、叔父も叔母も、昼に祖母の様子を見に行った母も驚いていたものだ。

ふと目を開けると、朝の4時過ぎだった。
ああ、夢だったのか…まだ眠れるな…
そんなぼんやりした頭の中で、「Lemon」が流れ始めた。
あの時祖母が食べてくれたゼリーのパッケージ。
バナナをつぶしたものを載せていたお皿の模様。
急にいろいろなことを思い出し、涙が流れてきた。

「今でもあなたはわたしの光」(米津玄師『Lemon』の歌詞より)

そうなんだよ、おばあちゃん。



可愛かずみさんのチャームポイントは、目が三日月型になって八重歯がのぞく笑顔。
正面、横からのアングルの写真はたくさんありますが、少し下から笑顔を撮ったグラビアをうまく見つけられずにいました。
写真集には何カットかあるのですが、スキャンすると写真が痛みそうで…ちと怖い…
結局、いつもお世話になっている可愛かずみの博物館の「かずみのグラビア」の画像を見本にさせてもらいました。コアラのぬいぐるみ(?)をだっこして、満面の笑みのかずみさん。ホント、可愛いです。


自分の身体が大切だということが、どういうことかわからない。怪我をすれば痛いと感じるし、病気になれぱ通院する。その後、ほぼ必ず思うのだ。

「もういいや。めんどくさい」

術後の継続して観察しないといけない緑内障。
眼圧が上がらないよう、点眼薬を処方されている。
会計を済ませ、処方箋を受け取る。
病院を出ると、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込む。

左膝の変形性膝関節症。
発症した時は本当に痛く、階段を下りるのも坂道を下りるのもめちゃくちゃ時間がかかっていた。
今は通院とリハビリでサポーターは必需品。
階段も坂道も下りる時は気をつけて、ゆっくり歩くように言われている。
でも。
痛み止めを飲み、湿布を貼っていることもあり、坂道を思い切り走り下りる。膝がガクガクするのがわかる。
当然、帰宅後には痛みが増している。

自分の身体を痛めつけるのは義務みたいなもの。
死ねない自分への罰みたいなもの。