写真右が 折木良一氏(防衛省HP)
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いまや「戦略」は、ビジネスシーンをはじめとする、あらゆる場面で活用されている。では、戦略の本質とは何だろうか。とくに、軍事という分野は、そのときの人類が有している知見の最先端の部分が凝縮されている。アメリカの軍事技術であるアーパネットが現在のインターネットの基礎となったのは有名な話である。
今回は、『自衛隊元最高幹部が教える経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)を紹介したい。著者は折木良一(以下、折木氏)。自衛隊第3代統合幕僚長。12年に退官後、防衛省顧問、防衛大臣補佐官などを歴任し、現在は防衛大臣政策参与の立場にある。
■原発に対してヘリ放水を「決心」した理由
最終的な意思決定を指揮官が行なうにあたり、必要とされる要素はなにか。まず、戦略を策定するのに「情報」と「作戦」の要素は重要になることは言うまでもない。しかし、それだけで必要十分条件を満たせるわけではない。自衛隊であれば、補完機能として、兵站、人事、通信などの大切な機能も考慮する必要性があるだろう。
そのうえで、トップは構想を明確にして、現場レベルに適合した指示をしなければいけない。企業であれば、経営戦略を、個別(部門別)戦略に細分化し、各人員の行動計画に落とし込む。その際には、目標やタスク、アウトプット、インプリまでを考えなくてはいけない。戦略には固執せず、臨機応変に修正できる柔軟性も必要になる。
戦略や作戦は状況や時間の経過にともない修正されていく。たとえば、東日本大震災の教訓についても、防衛省は2011年8月には中間取りまとめ「東日本大震災への対応に関する教訓事項について」を、2012年11月には「東日本大震災への対応に関する教訓事項」として最終報告を取りまとめている。では放水の核心に話をうつしたい。
「原発事故対応において、たとえば国民の皆様がご記憶されているのは、ヘリコプターを使った原発への放水ではないでしょうか。もちろんあの背後にも、多くの情報、戦略・作戦の判断があり、そのなかで最良のオプションとは何か、というプロセスがありました。あの程度の量の水をまいたところで意味があるのかと揶揄されました」(折木氏)
「当時は原発の暴走を止めるためにできることは何でもしなければならない、という状況でした。しかし放水をすれば、隊員の命と健康を危険にさらす可能性もある。結局、私は孤独のなかで放水を決めました。もし隊員に何か健康被害が生じたときには、その隊員と一生寄り添っていく覚悟をしました」(同)
これが、折木氏のトップとしての決断と責任の負い方だった。一緒にヘリに乗っていけたら、少しは心のジレンマを解消することができたかもしれない。それはトップたる者の仕事ではないと、当時の想いが審らかに語られている。
■自衛隊の「IDA」サイクルとはなにか
折木氏によれば、自衛隊は、情報(Information)、決心(Decision)、実行(Action)サイクルで意思決定をおこなう。情報は、敵、地域に関する情報ばかりでなく、自分の部隊の状況や処理されていない情報資料をも含むことから、重要な部分を形成する。
「福島第一原発事故の放水のときも、まさにそうでした。あのときは原発、とくに原発建屋や炉内の状況が事業者である東電をはじめ、皆目わからない状況でした。わかっているのは、残念ながら状況が最悪に向かっているということだけでした。最良は供給電源の復旧が行なわれることですが、それは不可能でした」(折木氏)
「注水による炉内の冷却か(それも大型ポンプか、消防車か。消防車なら自衛隊、消防庁、あるいは警察か。水は淡水か、海水か)、あるいは自衛隊ヘリによる放水かなど、判断が必要なことと実行手段は数多くありました」(同)
消防車が進入するが、周辺のガレキ処理がされていないため注水ができない。その後、断片的な情報のパーツを組み合わせ作戦を勘案することになる。意思決定にいたる最大の要因は、処置が遅れて原発が暴走し、限りなく被災地が広がることを抑えなければならないという緊急性であったと、折木氏は語っている。
当時、自衛隊トップの役職である統合幕僚長を務め、映画『シン・ゴジラ』の統幕長のモデルともされる伝説の自衛官が、戦略の本質を語る。日本のアカデミズムが取り上げない「戦史研究」の意義、危機の現場で人と組織を動かすための極意、地政学を超える「地経学」の真髄が語られる。
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