コラムニストの尾藤克之です。
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超高齢化社会が現実のものになっている日本。誰もが人生を「自分らしく生きたい」と願っている。ところが現実は簡単ではない。厚生労働省の調査によると、6割以上の人が自宅での療養を希望しているが自宅で最期を迎えられる人は1割程度にとどまっている。我が家で最期を迎えたいのが多くの人の願いではないだろうか。
その際に必要なのが自宅での療養。在宅医療は国民と政府、双方のニーズを満たすものとして注目を集めている。今回、紹介するのは『在宅医の告白 「多死社会」のリアル』(幻冬舎)、「幸せな最期」を迎えるヒントが詰まった一冊である。
■在宅医療のリアルから見えるもの
「先生、大変です!父が、父が!」。電話から娘さんの焦った声が飛び込んできた。ディサービス中にお父さんが喉に食べ物を詰まらせ、窒息してしまったのである。駆けつけた救急隊員は重症と判断し、救命救急センターに搬送した。また、教命センターの医師も、家族の判断を待つ時間がないと判断し治療を進めた。
「私はすぐに病院に行きました。お父さんの様子を見ると、身体中に管がつながれ、喉から気管に入った管は、人工呼吸器の機械ともつながれていました。呼吸器の音だけがむなしくプシュー、プシューと響きます。担当の医師によれば、低酸素脳症となったため意識が回復する見込みもほとんどありませんでした」(米田医師)
「しかし、病院に到着したときにはすでに延命治療が始められていました。担当の先生に相談しても延命治療は始まってしまっているので、後戻りはできないとのことでした。主治医の先生は、血圧を上げる薬や抗生物質など何種類も薬を使って治療をしましたが、改善の見込みはありませんでした」(同)
在院日数が長期化したことから転院することになる。転院先は、町外れの小さな病院だった。家族は、「父は延命治療を望んでいない」と伝えたが変わらなかった。米田医師は、父から延命治療を望まないことを聞かされていた。家族の強い要望もあり在宅医療に切り替える決断をした。
「倒れて以来、お父さんは目を開けず、たまに苦しそうに顔をしかめる程度の反応しか見せませんでした。ただ、その日は、不思議なことに少し微笑んでいました。自宅という心安らぐ場、生活のにおいのする場で、奥さまと娘さんの会話と、ゆったりと流れる音楽が耳に入る環境が安心感を与えたのでしょう」(米田医師)
「そういえば、元気だったころだって、旅行先のホテルや旅館で『早く家に帰りたい』なんてぼやいていた人でした」と、奥さまが当時を懐かしむように言った。その後、お父さんは、家族に見守られながら最期を迎えることになる。
■在宅医療の意義と課題
既に制度が充実し環境は整いつつあるが、受け入れる家族次第ではないかと考えている。担当をするのが、米田医師のような方であれば、安心した最期を迎えられるかも知れないが、必要条件があるように感じている。
私の祖父母が90歳を過ぎて認知症を発症した際、要介護認定5級と評価された。自宅介護に切り替えた。家族だけで介護することは困難なことから、ホームヘルパーの派遣を要請する。数ヵ月後にあることに気付いた。祖父は郵政省を定年退職しており、金時計を贈呈品としてもらっていたが無くなっていたのである。
ほかにも、希少価値の高い、切手シート、切手、古銭、古貨幣、般若・おかめのお面など、趣味で収集していた多くのコレクションが見当たらず、金庫の中に入れていた現金や有価証券も消えていた。最も驚いたのは、新興宗教団体の入会申込書と、資産をお布施として提供する旨が書かれた書類を発見したことである。
派遣会社に照会したところ「日頃のお礼に受け取ってほしいと言われて、仕方なくもらった」と回答があった。日常会話が不可能であることから虚偽であることは明白である。警察にも相談したが介入には消極的だった。その後、知人に紹介された社会福祉施設に入所して最期の時まで面倒を見てもらった。派遣会社はその後、倒産する。
在宅医療は、生きるための医療ではない。安らかに生涯を終えるための医療である。人の弱みにつけ込む人がいることも事実。精神的に弱くなっている人がつけ込まれるリスクはある。センシティブな問題だからこそ、このような面の対策も必要ではないかと感じる。関係者のモラルはもちろん、家族のリスク対策も問われている。
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