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<松下通信を支えた50人:山田兼敏>
※出典:小説「パルテノンの葛藤」 BYアマゾン
続いて埴生は、製造部門の代表として山田兼敏の話を始めた。松下通信の役員の人となりは様々で、飛び切りの人格者もいれば多くの社員が恐れる強面の役員も毎年一人二人はいた。山田はそんな強面の代表格とも言える人物だった。
「山田兼敏は1974年から取締役4年、常務4年、監査役2年を務めました。いつも恐い顔をして事業はヒト、モノ、カネと口癖のように話し、製造部門の整理整頓を何より重視しました。自分が担当していない事業部でも、工場に現れては窓のサッシを指でこすり、ほこりがつけば近くにいる担当者を怒鳴りつける、そんな存在でした」
「製造部門の人にとっては戦々恐々ですね」
「結果として全社の製造部門に引き締めた雰囲気を作りました。松下通信の生産体制の強化に貢献した、というのが山田の功績です」
埴生は少し間を置きさらに話を続けた。
「パナソニックブランドで電卓を出していたことがあり山田が担当の電卓事業部で生産していました。カシオ、シャープの後塵を拝していたので労使協議会の中で私と激しい論戦になったことがあります。労使協議会終了後、後で部屋に来てくれと言われ焦ったことがありました。恐る恐る事業部長室に入りましたが予想外に穏やかな物腰で驚きました」
「それは大変でしたね」
普段は強面の役員にも繊細な一面があると言いたいようだったが中松には他の人物ほどのインパクトはなかった。それでも重要な役割を果たした一人ということは何となく理解出来た。埴生は役員4名の話を終え今日はここまでとすることに確認を求めた。
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