
予告?通り、今回から「ヴェッカーシリーズ」とは…を改めて、そして敢えて懐古してみます。
まず、時は西暦1999年に遡り……
その頃、畑澤は監督デビュー前で、プロデューサーとして「千年王国三銃士ヴァニーナイツ」の製作を終え、「円谷英二生誕100年企画」のお手伝いをしているところでした。
その「100年企画」の一端として円谷映像,東宝製作の「STARBOWS」という番組の企画、制作に着手していました。
傍らで、「ヴェニーナイツ」に続く女性ヒーロー(「ヒロイン」とは言わない)シリーズを続けたい想いがあり、後の「ヴェッカー」の原型であるプロットを練り始めてはいました。タイトルは「ヴェッカー」じゃなく「ヴェクター」とか言ってましたね。
いつからか語感が似てて、「目覚まし時計」のドイツ語である「wecker」にしました。

初公開!!…ではない筈だが、畑澤画の最初のイメージ画。企画書などに使ってました(恥!!)
代理店の広美さんと一緒にいろいろ営業していたのですが、なかなか実現は難航を極め、即テレビ化は難しい、という事で、「STABOWS」のスタッフさん達に手伝って頂き、「パイロット版」を作る事になりました。
それが後にDVDとなった「時空警察ヴェッカー」でした。折しも、「宇宙刑事シャリバン」で有名な渡洋史さんと10年ぶりに再会したりして、渡洋史さんと共同で監督もやる事になりました。
そうしてなんとかかんとか作った作品をコロムビアのHさんに目に留めて頂き、なんと、そのままDVD商品となってしまったのです。
そうしてこれがなんと、畑澤和也商業作品監督デビューとなった訳です。
時は新世紀になり2001年になっていました。(奇しくも「戦隊シリーズ」は「タイムレンジャー」の年でした。

「時空警察ヴェッカー」のリリー(右)ミリー(中)ユリー(左)
まさか彼女らが「初代」ヴェッカーと呼ばれる日が来ようとは……
リリーの栗羽美来さんはグラビアアイドル、ミリーの土屋美恵子さんは、当時話題になっていた大型声優ユニットのメンバーでした。
声優×アイドルって、この時から(図らずも)やってたんですね!
ユリーの天野めぐみさんは同時期に撮影した畑澤自主映画(「ゆうばり映画祭」で上映されました!)「17歳」にも出演、「ヴェッカーシグナ」のゲストとして出演してもらったのも記憶に新しいところです。

そして、渡洋史さんも出演、左端の清水一哉さんは、当時「ウルトラマンガイア」などで活躍していたスーツアクターでした。
特撮ヒーロー×スーツアクターも、この頃からやってたんですね!
最近、畑澤なんかにも「映画監督になるにはどうすればいいですか?」という種類の質問を頂く事が多くなりました。
映画(映像)監督は他の専門職、あるいは映画スタッフ(照明技師やカメラマンなど)のように資格や免許、技術がいる職業じゃありません。
勿論、助監督、監督助手から…という考え方もありますが、誤解を恐れずに言うと「助監督」と「監督」は全く種類の違う仕事です!!
俳優もそうかもしれませんが、監督は「自分は(映画)監督である!」という思い込みと、どんな形であれ、映画(映像)を作ってみる(そして見てもらう)しかない…と思います。
映画(映像)監督になるには、映画(映像)を監督するしかないのです。変なロジックではなく…
少なくとも僕は助監督経験は一度もありません。(今後も出来ないと思います。「助監督」さんって、監督よりも専門職だし、技術職なんです。僕にはムリです)
でも、自主制作映画は中学生の頃から撮ってました。
そもそも、まだまだ僕も偉そーに講釈できる身分じゃないです。(ワークショップの講師とかはやってますが…まったくもって身分不相応だと思ってます)
これからも、とにかく「自主」映画を撮り続けるしかないぞ!と思っております。
…その前にメシを食う手段を………現実は本当に厳しいです。
では、次回は(たぶん)「ヴェッカーD-02その①」!