小さき榊のその一枝に、心込めたる御玉串 | 心の鏡

心の鏡

天の霊妙不可思議な法則、神道について書いているブログ。心の鏡とは内在神を表し、神社のおみくじの神の教に「神様の御光が我が心の鏡に映るその時、凡ての心の曇り、心の闇は晴れゆきて、広き明き御恵みを授かる事が叶う」とあったところから命名しました。

 

小さき榊のその一枝に、心込めたる御玉串

神様と結ばれる心の糸は清くなければならない。

清くなければ、神様に心は通じない。

世の為、人の為に汗をかいて紡ぐ清らかな心の糸こそが、

神様と結ばれるかけがえのない絆である。

神前に供える榊の小さな一枝に、

心を込めてお祈りを捧げ、

神様の御心に寄り添い生きることが、

神様の御末(みすえ)たる人の務めである。

(神社のおみくじ神の教より)

 

 

  私なりの解釈

神社のおみくじの神の教、まだ全部揃った訳ではありませんが、おそらく1~50番まであるとして、半数以上を集め、日本の神々に通じるには何が大切か?と言えば、「清らかな心」だという事がよく解ります。

 

そして社会の一員として働くこと、家庭の主婦であってもそれぞれの務めを果たす事は、神様の御心に寄り添う幸福への道だと肯定的です。

 

一方、旧約聖書だと、唯一神が土から作ったアダムとそのあばら骨から作ったイヴが、神が禁じた善悪(知恵)の実を蛇にそそのかされて食べた事で神の怒りを買い、楽園を追放された挙句、女性は出産の苦しみを与えられ、人は苦労をして大地を耕して食べ物を得なければならなくなり、いずれ土に還ること(死)が定められました。

労働は人類の原罪に対する罰という考えなんですよね。