天孫が大山祇神の娘の吾田鹿葦姫（あたかしつひめ）を娶られると、一夜にして身ごもり四人の御子を生みました。
吾田鹿葦姫は、御子を抱いてやってきて、
「天津神（あまつかみ）の御子を私だけでお育てするわけにはまいりませんので、ご報告に参りました。」と申しました。
天孫はその御子たちをご覧になって、
「なんと、我が子がこんなにも生まれたか」とお嘲りになったので、
吾田鹿葦姫は怒って
「どうして私を嘲られるのですか」と申すと、
天孫は
「心に疑わしいから嘲ったのだ。天津神の御子といっても、一夜にして身ごもらせることが出来ようか。本当は私の子ではあるまい」と答えられました。
吾田鹿葦姫は、益々恨んで、戸口の無い小屋を作って入り、誓約（うけい）して
「私の生んだ御子が天津神の御子でなければ、きっと焼け死ぬでしょう。でも天津神の御子であれば損なわれることは無いでしょう。」と言って小屋に火を付けました。
初めの火が明るい時、足を踏み鳴らして元気に出てきた御子が自ら名乗られて
「私は天津神の御子、名は火明命。我が父上はどこにおられますか？」とおっしゃいました。
次に火の盛んな時に足を踏み鳴らして元気に出てきた御子が自ら名乗られて
「私は天津神の御子、名は火進命。我が父上と兄上はどこにおられますか」とおっしゃいました。
次に炎が衰えた時に足を踏み鳴らして元気に出てきた御子が自ら名乗られて
「私は天津神の御子、名は火折尊。我が父上と兄上たちはどこにおられますか」とおっしゃいました。
次に火の熱が鎮まった時に足を踏み鳴らして元気に出てきた御子が自ら名乗られて
「私は天津神の御子、名は彦火火出見尊。我が父上と兄上たちはどこにおられますか」とおっしゃいました。
その後、御母の吾田鹿葦姫が焼け跡から出て来て
「私が生んだ御子たちも私の身も火難に遭いましたが少しも損なわれませんでした。天孫はご覧になりましたか？」と申すと、
天孫は
「私は初めから我が子であると知っていた。しかし一夜にして身ごもった事を疑う者もいるだろうと思って、人々にみな我が子であり、天津神は一夜にして身ごもらせることが出来るのだと知らせようとしたのだ。また、お前も不思議な力を持っており御子たちも他に優れた気力を持っていることを明らかにしようとしたから、前のように嘲ったのだ」とおっしゃいました。
一書第五 おしまい