昨日は、私がシュタイナー教育に惹かれた理由を書いてみました。

 

今日は、シュタイナー教育(あるいは治療教育)が

子どもたちあるいは障害をもつ人たちに実際にできることを書いてみようと思います。

 

その前に、今の子どもたち

あるいは障がいを持つ人たちの内側で何が起こっているのかを書いてみます。

 

まずはじめに捉えたい概念として

私たち人間には

私たちの目に見える「体」と

私たちの目に見えない「心」があるということを

本当におおざっぱですが表現したいと思います。

 

その目に見える「体」という器に

目に見ることができない「心」が入って安らっている

それが「人間」であるとします。

私たちが幸福に人間でいられるのは

この「体」の中に「心」がすっぽりと納まって安らえるからなのです。

 

この「体」に「心」がすっぽりと納まっていないと

私たち人間は不安になります。

自分の体が居心地の良い住まいとして感じられなくなり

自分自身がどこにいるのかさえも分からなくなります。

 

障がいを持つ人を見ていると

この「体」に「心」が納まっていないことがよく見てとれます。

彼らは常に

ある一つの考えに捕らわれすぎたり

周囲のあらゆることが気になったり

突然襲ってくる不安感に打ちひしがれたり

全く動かなかったり

記憶することができなかったり

言葉を話せなかったり

あるいはしゃべり続けたりしています

 

それはこの人たちの「心」に問題があるわけではなく

この人たちの「心」を受け取る「器」が壊れてしまっているため

様々な感情が「器」からあふれかえっているのです

彼らの中には豊かな内面性の「心」が存在しているけれども

それを受け止めるための「器」が壊れてしまっているため

その豊かな内面性を表現できないでいるのです

 

では障害を持たない子どもの場合はどうでしょうか

子どもたちもまた

生まれてすぐにこの「体」に「心」がすっぽりと納まっているわけではありません。

ずいぶんと長い時間をかけてこの「体」に「心」が入っていきます。

シュタイナー教育では21歳がその完了であると考えています。

もしもこの21年間に取りこぼしがあるとしたなら

子どもたちは大人になってからその取りこぼしを

自己教育の中で補っていかなければなりません

そうすることがないよう

子どもたちが健全に育つことができるように

周りにいる大人たちを含めた環境すべてに注意を払い

こどもの健全な成長を阻害しないように努めるのです

 

けれども現代の子どもたちは

この健全な成長を阻害する沢山の環境因子にさらされて成長をしています。

特に幼児期におけるこれらの影響はとても大きいものになります。

早期教育

メディアによる強すぎる刺激

運動会やお遊戯会などのように過度に思考を使用する練習のようなもの

無機質なおもちゃ

ゲーム

いじめ

親からの強い要求

周囲の大人が忙しすぎること

早期に始めるたくさんの習い事

挙げだすときりがないものばかりです

 

そんな環境の中で本来守られているはずの

幼児期の子どもたちの覆いが

現代の子どものたちにおいては容易に傷つけられていて

もはや覆われていない子どもたちが行き場をなくしているようにさえ思えます

 

覆いがとても早い時期に失われた子どもたちは

一体どうなるのでしょうか

子どもたちは自分の「体」を居心地のいい住みかと感じることができず

いつも心もとない、不安な状態で成長していくことになります

 

それは自分の「体」に「心」が安らえない状態です

周囲の強すぎる刺激や

周囲からの過度な要求(親からの要求)などにより

常に子どもの心は体から出たり入ったりしなければならず

先ほどの障害を持つ人たちの例のように

器から水が出たり入ったりして、こぼれてしまっているような状態です

それは子どもに常に居心地の悪さを与えてしまうのです

そんな子どもたちは

落ち着いて座っていることができません

安心して授業を聞くことができません

すぐにお母さんのもとから離れていって迷子になって帰ってきてしまいます

あるいは誰かを叩いてしまったり

言葉で傷つけてしまったり

自分自身を傷つけてしまったりしてしまいます

おしゃべりが止まらなかったり

周囲に合わせすぎたり

不安があるため行動することができなかったり

癇癪をおこしたり

色んな形で子どもたちはシグナルを出してくるでしょう

 

では、そんな子どもたちに私たちは何ができるでしょうか

 

次回そのことについて

二つの側面から書いていきたいと思います。

 

長くなりましたので

今日はこの辺で

 

いつも読んでくださり

ありがとうございます