St. Clare County Jail, Osceola Mo

9月10日 (月)夜中3:30 Holding Cell

ケンタッキーのジェールで合流したキムさんを彼女の最終目的地セイント・クレエ・カウンティー・ジェールに着いた。夜が遅かった為 残りの僕たち4人はこの拘置所で泊まる事になった。たびたび拘置所で過ごすのはやな事だったが、今回は4人もいたので少しは心強かった。我々は手錠を外され大きめなホールドインセルに2時間ほど入れられた。そこにはトイレもなく、部屋のど真ん中に小さな穴があった。たまたまトイレの用に水が流れた。小便はならいいが、トイレットペーパーもない所で行きたくなったらどうしよう。そんな時にスコットのお腹の具合が悪くなり、彼は必死にブザーと押してトイレに行かせて欲しいと監視室に連絡するが何も応対がなかった。これも苦しめさせるジェールのやり方なのだろうか?

30分位経つとドアが開いた。スコットはトイレに行く事ができ、僕らの4人は2つの分けさせられスコットと僕は同じ部屋になった。残りの2人は違う場所に連れて行かれた。予定では明朝に迎えに来るはずだった。翌朝スコットと僕はゆっくりと朝食を食べ終え、トランスポーターの到着を待った。そして、時間になるとドアが開いた。我々は旅の安全を願いながら元気よくドアの外に出た。しかし監視官が思いも思ってなかった事を言った。

『トランスポーターは来ない。あと2日間は来ないと連絡があった。お前達はPOPLATION(ポプレーション)という長期入所者用の別室に移動だ。』 

『冗談でしょ?』

スコットと僕は半分笑いながら監視官に訪ねた。

『冗談なんて言わない。早く荷物をまとめろ。服を脱いでシャーワーに入りなさい。』

僕たちは2日後に迎えに来るなんて嘘だと思った。ミズーリ州のリンカーン・カウンティー・ジェールで9日間見捨てられたみたいに、当分は帰って来ないのだろう。運転手のダニエルは約束してくれたのに、こんな状態がいつまでも続いたらカリフォルニアにいつ帰ることが出来るのかまったく分からない。再び絶望的な気持ちになってしまった。

僕たちはシャワーを終えると監視官が僕たちにこう言った。

『後ろを向いて腕をあげなさい。』

するとスプレーで薬の様な物を全身にかけられた。

『こっちを向いて腕をあげて目を閉じて。』

真っ裸の僕達はどんな薬をかけれているのか分からないまま言われる通りにした。

そして我々は毛布や歯ブラシを持ち、指示に従い別の部屋に移動した。中には5人の黒人、3人の白人がいた。このジェールではテレビは朝の6時から夜の12時まで見ることができ、トランプやチェスなどの遊び道具が沢山おいてあった。おまけに食べ物はこれまでのジェールとは比べ物にならないくらいに美味しかった。ジェールの食べ物が美味しいなんて感じた僕が不思議だった。監視官達もみんなリラックスしており、笑顔があった。今まで訪れたジェールの中で一番生活感を感じることが出来た。

部屋の中には電話があって速攻イーサンに再び自分の居場所を伝えたく電話をかけた。

『もしもし、健司です。今オセオラという所にいます。』

『オセオラ?』

『スプリングフィールから少し北に行った所です。まだミズーリ州にいます。』

『え?まだミズーリ州にいるの?全然進んでないよね?』

『はい、一人をSPRING FIELDにおろして、ケンタッキーで拾った女性をここオセオラでおろして、ここに又泊まるみたいなんですけど、今度は何日間ここで待たなければいけないか分かりません。』

『そうか。心配していたんだがリンカーン・カウンティー・ジェールの看守の森さんから電話をもらって健司が、9日に移動したことを教えてもらったよ。この間、健司のお姉さんと話して無事に少しづつ旅をしている事を伝えておいたよ。』

『ありがとうございます。僕から電話があった事を伝えておいてください。家賃の事とかもよろしくお願いします。』

僕は電話を切った後、前のジェールでの日本人監視官の森さんに会えた事を感謝しながら心の中で微笑んだ。

『ちゃんと連絡してくれたんだ。。。』

それから僕はみんなと一緒にテレビを見始めた。夜は静かで、外から涼しい自然の風が入って来る。毛布も暖かく久しぶりによく眠れた。

9月11日 (火) 

朝食は早朝6時。ここでは朝食も他の拘置所と違っていた。飲み物は水だけでなくジュースやミルクもあり、シリアルとトースト、ソーセージにジャム、おまけにデザートまで付いてきた。僕はお腹が一杯になるとみんなと共に掃除をして再び眠った。

眠りから覚めてテレビを見ながら、ボーとしていると昼食の時間があっという間に来た。昼はハンバーガー2枚、トースト2枚、マッシュポテト、グリーンビーンズ、チョコレートムースだ。食べ終えて一日中、トランプやテレビを見ていると黒人の一人のステイシーが声をかけて来た。絵を書くのが得意と言うと試しに絵を描いてくれといわれたので、みんなの似顔絵を書いた。するとみんなが興味深く自分の周りに集まって来た。みんなはとても気にいってくれたので、それをテープで入り口のガラス張った。アトランタの拘置所だと、怒られるのにここは違った。監視官や他の囚人に見せびらかしみんなはそれを見ながら笑った。そして、一人一人、家族や恋人の写真を持って来てそれを絵にしてくれと頼んできた。僕はやる事もないし絵を書く事なら好きだったので喜んで引き受けた。 

“You are a good man” 『お前はとても良い奴だ』

みんなはとても喜んでくれた。誰かに必要とされると言う事は拘置所の中でも幸せな事だと思った。

ケーシーはその夜僕を呼び、絵を書いた御礼にインスタントラーメンをごちそうすると言って来た。彼はニコニコしながら僕にインスタントラーメンを作ってくれた。絵を描く事でこんなに喜ばれたのは初めてかもしれなかった。ここなら、長い間いても苦ではないと思った。

夜12時、明かりを消し、眠りに入ろうとする一時間後、息なりドアが開いた。トランスポーターが迎えに来たらしい。僕は急いで自分の物を背負ってドアを出ると中からドンドンドンっとドアを叩くみんながいた。

『健司!お前に遭えて良かった!絵を描いてくれて有り難う!頑張れよな!』 

みんなはたったの2日間で自分の名前を覚えてくれた。とても嬉しかった。
LABOR DAY WEEKEND
アメリカの祝日(LABOR DAY WEEKEND)ジェールはアル中で満員だった。

9月8日(土)

夜中に騒がしくなったと思い目を開けるとそこには14才くらいの青年がいた。酒を飲んでトラブルを起こしたらしい。僕が再び眠り目が覚めたときにはその少年はいなくっていて、代わりに3人の酔っ払いがいた。どうやら海軍の兵隊達らしい。全員とても酒臭くてとてもうるさかった。時計を見ると朝の4時半だった。

『俺達はアメリカ海軍だ!ここから出しやがれ!』

一人が大きな声で軍がマーチするように歌いだした。

『俺らは湾岸戦争にいったんだそ!命を掛けてまで戦いに行ったんだぞ! ここから出しやがれ!!!』

騒ぎが落ち着かなかったので2人の監視官が電気ショックのガンを持って来た。そして一番うるさかった男に銃を向けた。

『両手を上げて、壁の方に向けっ!さもないと撃つぞ!』

彼はフラフラになりながら両手を上げた。2つの赤いレーザー光線が赤い点となり彼の背後を照らした。

3000ボルトの電気ショックを打ち込まれるのを僕は見ていられず両耳を手で覆い顔を背けた。本物の銃ではないが自分に飛んでこないかと思い、壁にくっつきながら身をさけた。

彼はおとなしくなり手錠を手と足にかけられ部屋から連れ出され他の個室に入れさせられた。

個室から彼の怒鳴り声と叫び声が聞こえる。

『離してくれ。椅子に手錠をかけやがって!畜生!俺は米国海軍だ!』

個室のみんなはその弱い声に笑っている。その声が30分ぐらい続いたがその後、だんだんと苦しく弱々しい声に変っていった。

『お願いです。離して下さい。苦しい。ごめんなさい。』

それから15分後、彼は観念したのか静かに帰って来て、黙って横になった。

静かになったなと思ったら今度は何か臭う。みんなもこの臭いにおいに反応し始めた。一人の青年がもらしてしまったらしい。

その夜僕は狭い部屋での騒ぎと酒臭さで一睡も出来なかったが、これでやっと眠むれそうだった。僕はベッドの上にあった聖書を開いてみた。もしかすると今夜の出来事は、自分がひどく酔っ払らった時、友達や周りの人々に迷惑を掛けた罰ではないかと思った。

9月9日 (日)

今日も迎えが来ない。もしかしてもう来ないのでは?今日は森さんが働いている日なので又手紙を渡した。彼女は僕がまだいたことにとても驚いていた。

『まだいたんですか?』

ケンタッキーから一緒になった女性のキムさんは今夜あたり、迎えが来るという情報を手に入れたと言っているが、本当かどうかも分からない。しかしもうそろそろすぐ来なければおかしい。あまり期待はしたくないが少し気が楽になった。

夜7時、やっとトランスポーターが迎えに来た。夕食を食べ終え、トランプで遊んでいるとドライバーのダニエルが現れた。9日間目にしてようやくリンコーン・カウンティーでの日々が終わった。

ヴァンに乗ると、すでに新しい囚人が3人座っていた。その中で明るく僕の事を迎えてくれたのはスコットとビリーだった。
『初めまして、健司。』

『えっ?僕の名前をしっているの?』

『君のすべてを知っているよ。ダニエルから面白い日本人がいると聞いてね。』

彼等達はシカゴの拘置所からこのヴァンに乗せられて来たそうだ。

そしてスコットは僕にこう言った。

『俺もサンマテオ・カリフォルニアに行くんだ。君と同じ場所さ。』

スコットは僕が向かっているカリフォルニアのサンマテオ・カウンティーから逮捕状が出ているそうだ。
この広いアメリカで同じ拘置所に行くなんてすごい偶然だった。 久しぶりに聞き慣れた彼のカリフォルニア・アクセントに僕は懐かしく感じ彼と話が進んだ。

ヴァンは2時間ほど真っ暗なクネクネ道を走り、ビリーを彼の収容先であるスプリングフィールドにある田舎の拘置所まで連れて行った。彼を下ろした後、北に150キロ進んだ所にある、ミズーリ州のオセオラという小さな町のジェールに泊まる事になった。
社長さんはここで一人の日本人女性が働いていることを僕に教えてくれた。

『確か彼女の名前はモーだったと思う。』

『モー?』

『え?それは日本人の名前ではないですよ。』

『いや、確かに日本人だよ。』

このような田舎の拘置所で日本人女性が働いている訳がない。すると社長さんは監視官にこう叫んだ。

『ちょっと、来てくれ。モーっていつ働いている?』

監視官が答えた。

『彼女は働いていないわ。明日働いているんじゃない?』

『健司、残念ながら今日は働いてないけど、明日は働いているみたいだよ。必ず健司に紹介してあげるよ。だから元気だしな。』

9月4日 (火)

『祝日も終わったはずだし、今日こそダニエル達は迎えに来るだろう。』

と僕達は期待しながら向かいを待った。相変わらずロメロはとてもイライラしている。

『ダニエルの野郎、俺達に嘘をつきやがった!奴らの事だ、今日迎えに来なかったら当分の間来ないぞ!もしかすると1ヶ月経っても来ないかもしれない!俺達はここでずっといるんだ!畜生!』

そして午後になってもロメロが言う通り、ダニエル達は本当に来なかった。もしかしたら長い間迎えに来ないかもしれない。社長さんが僕に励ます様に言った。

『例の日本人、紹介してあげるよ。だから元気出しなよ。』

そして、社長さんは窓の近くで叫んだ。

『モー、いるか?モー!』

そうするとアジア女性監視官が寄って来る。

『どうしました、ジェフリーさん?』

『なあ、君って日本人だったよな?4日前に着いた日本人がここにいて、健司って言うんだ。話してやってくれ。』

僕は信じられなかった。僕は3段ベットから飛び降りて窓の近くまで近寄った。

『初めまして。健司といいます。日本の方ですか?!』

まさかこんな田舎の拘置所で、日本人の囚人に会うだなんて信じられないように驚いた顔をして彼女は答えた。

『ここで何をしているのですか?』

『どうか助けてください。ここの看守たちが電話を掛けさせてくれないのです。二日後には僕たちを迎えに来るはずだったトランスポーターが僕たちをここに置いていったまま帰って来ないのです。もう5日も経っています。僕の家族にまだここにいる事や、僕が無事である事を知らせたいのです。』

『そうですか、ちょっと待って下さいね。』

彼女はコンピューターで僕のデーターを調べる為に監視室へ戻った。

久しぶりの日本語を聞いて嬉しかった。最後に日本人にあったのはアトランタで面会に来てくれた日本領事の上杉さんだった。あの頃の事をふと思い出してみると遥かに過去に感じた。

『ほら、俺達が言ったとおりだろ?よかったな。』

社長さんと周りの囚人は僕の喜びを見届けながらニコニコを微笑んでいる。

彼女の名前は森さん。ここではみんなモーと呼んでいるみたいだ。

今の僕にとって彼女は神様がくれたチャンスだった。同じ日本人の彼女なら僕の家族にここにいる事を連絡してくれると思い、必死の思いで彼女に手紙を書いた。そして次の朝、彼女が朝食を持って来る時にこっそりと渡した。

『初めまして。僕は佐藤健司と申します。お願いです、助けて下さい。トタンスポーターは我々をここに置きっ放しで迎えに来ず、いつ僕が住んでいるカリフォルニアに帰れるか分からないのです。噂では1ヶ月から3ヶ月かかる事もあるらしいと耳にしました。そんな長く家族と連絡がとれないと、とても不安です。アトランタから出てから数日、家族は僕に居所がハッキリしていません。無事という事や家賃の立て替えてほしい事を家族に知ってもらいたいのです。』

僕はイーサンの電話番号を手紙に書き、森さんが僕の状況を伝えてくれることを願った。旅中の連絡はルール違反だが、彼女がたった一つの望みだった。

9月5日 (水)

今朝は森さんが朝食を運んで来てくれた。二段ベッドの上にいた僕は急いでベットから降り、手を伸ばし朝食のトレイをとると、彼女は笑顔を隠す様に『ポン』っと手紙の返事を渡してくれた。そこには僕を元気付ける言葉で満ちあふれていた。

『佐藤健司さんへ、

お手紙わざわざありがとうございます。昨日イーサンさんにお電話しておきました。とても心配されていましたが、弁護士の手続きは万全なので、1日も早くカリフォルニア州に戻れる事を望んでいらっしゃいましたよ。

いつカリフォルニアに戻れるか分からなくて不安だとおっしゃっていましたよね。そのお気持ちはとても分かります。拘置所はあまり良い所ではありませんからね。

ジョージア州で8月14日にイクストラディションにサインされていますよね。法律上、移動は90日以内に行わなければいけません。最悪でも9月11日頃には迎えに来ると思いますが多分その前に来るはずです。コートサービス(トランスポーター)の人達は、別に嘘の番号を残したというわけではないと思います。ジョージア州のエージェントに電話すれば、すぐに連絡がつくはずなので。私のサージェントが言うには明日には迎えは来るそうです。イーサンにも健司さんが移動されたら電話して知らせる約束をしました。なので、できるだけストレスを溜めないようにしてくださいね。仕事上あまり親切にもできないので態度が悪くて申し訳ありません。私は明日から休みで日曜日まで働きませんが、もしその間に移動されたら、アメリカ横断頑張って下さい。

ところで私もコマーシャルグラフィックでバチュラーをとりました。私はまだデザインの関係では働いていませんが、楽しい職種ですよね。イミグレーションの問題や法廷での大変面倒くさい書類手続きがあるでしょうが、めげずに頑張って下さい。

私はシアトルに2ヶ月後に引っ越しをするので、ここにはいなくなりますが良いデザインの仕事でもあったら連絡ください。(なんてね)。頂いたメルアドの方に連絡でも入れますね。本当は手紙とかも書くのは禁止されているので内密のしていただけると助かります。

森より』

この手紙を読み終えると僕はとても安心することが出来た。何度も何度も繰り返して読んだ。そしてすぐに手紙の返信を書いた。途中でロメロが睡眠薬をくれた。以前ここにいた大男が一つ残してくれたらしい。その睡眠薬はとても強いらしくロメロと半分ずつ分け飲んだ。森さんに感謝の手紙を書き終える頃、薬が効いてきて眠くなって2日間も眠り続けてしまった。寝ればあっという間に時間が経ち、夢の空間に逃げられる感じがしたからだ。

9月7日 (金)

朝の4時20分、睡眠薬で寝すぎてしまった為それからはまったく眠れなかった。ここに来て7日が経ち、ようやくジェール用ズボンを支給された。ここに来てから寝る時もずっとスーツのズボンをはいていたので半分ボロボロになりかけていた。ワイシャツは洗面所で洗っては3段ベットにかけて干した。そして久しぶりにシャワーを使わせてくれた。しかし、シャワールームは汚なく、ゆっくりとは入っていられなかった。酔っぱらいがよくシャワーで漏らしてしまうらしく、底には黒く汚いものが落ちていた。そんな環境でも久しぶりのシャワーは気持ちがよかった。ジェフさんのおかげで約1ヶ月ぶりにシャンプーとリンスーをした。捕まってからずっと石けんで洗っていたからだった。

2日前にもらった手紙で彼女は迎えは次の日に来るから心配しなくてもいいと言ってくれていたが、まったく音沙汰もなく迎えに来ないトランスポーターの事で不安の気持ちが積もっていった事を森さんにもう一通の手紙を書いた。他の監視官達は、どうして迎えがこないのかは分からないらしい。彼らもトランスポーターに連絡を入れるが通じないらしい。何も分からない状態で絶望的に待っているほど苦しいことは無かった。

一日も早くカリフォルニアに帰りたい。しかしカリフォルニアはまだまだ遠く感じる。8日前にジョージアから出発して北にテネシー州を通りケンタッキーに行き、そして西に少し進んでやっとの思いでミズーリー州に到着。まだ3つ目の州しか進んでいなかった。

一刻も早く旅を続けたい。北でもなく南でもなく西に迎えればいいと願っていた。でも今日迎えが来る期待はしていない。逆に期待して来なかった場合のことを考えるともっと辛く感じた。ここでお世話になっているマイク・ジェフリー社長さんにはとても感謝している。

朝10時、マイクさんが監視官に無理やりどこかへ連れて行かれた。マイクさんはジェールシステムや法律の事をよく知っていて、トランスポーターにムカついていた僕たちに色々なアドバイスをしていた。彼の荷物の中に法律の本もあって、色々とジェール側を訴える手順を教えていた。ジェール側は彼をポピレーションという、黒人の施設に移された。白人だった彼はすごくいやがっていた。とても心配だ。いつも明るくを笑い作ってくれた彼はとても大きな存在だった。そしてたった今知らせが入って来た。トランスポーターが来る予定が確実になった。やっと少し安心出来た。