あるがん患者のことを書いたブログを読みました。
自分の死期も認識されており、自分の葬式での来場者の方へ贈ったメッセージもあります。
それを読んで、まず感じたことは自分はなんて恵まれているんだろう、ということです。
今日も無事目覚めることができ、朝食を食べながら息子からの、仕事が忙しくて大変だ!のlineを確認する一方、会社で今日も淡々と仕事をし、家に帰ってからは鬼嫁の愚痴を聞きながら夕食を食べる。普通だけれど、そういうことを出来ることが貴重なんだなと感じさせてくれました。何気ない一日だけれど、生きていることに感謝して、一日一日を悔いなく生きるように務めるべきなんだなと。
その一方で、「死」に対する向き合い方というものも考えさせられました。
がんという病気は、自分と死というものを正面から対峙させる病気だと思います。
一方で双極性障がいは、「自殺」率が高いという点では死と向き合う病気ですが、それは残酷にも死と面と向かって対峙させてくれるものではないように思えます。いくら聡明であった人でも、この病の前では死に取りつかれてしまうと、本来あった自らの尊厳、自我、プライドといった類のものが破壊しつくされて、最後には自殺してしまうような気がするのです。
それを防ぐためにどうすればいいか考えると「生きる理由リスト」を手許においておくことではないかと思ったりします。もちろん、希死念慮にかられたときは、主治医のもとへ急ぐのは言うまでもありません。でも、平常心であるときに「生きる理由」をリストアップしておき、希死念慮の誘惑から、正気に戻るトリガーとしてそういうリストを準備しておくこともよいのでは、と思ったりもします。
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