初めて診察を受けた次の日、
なんだか生理痛のようなお腹の痛みが2時間ほどありました。

そして、同時にほてりと鼻水。
でも、そのあと腹痛とほてりはすっきり治ったので、

それほど気に留めませんでした。

しかし、その2日後からがひどかった。
9月30日の記録を見ると

朝6:30に目が覚める。左脇腹が痛い。
気持ち悪くないのに引っ張られる感じで、胃液を3回吐く。
ホットフラッシュが起こって汗がすごい。
腹痛は10時過ぎまで続く。職場でも横になる。
でも楽な姿勢がわからない。
我慢して仕事しているうち、急にスッキリする。
19時前に、また少し、朝と同じ箇所の腹痛がおこる。


こんな感じ。
その次の日も、早朝4:30から5時間の腹痛。
初日以外は、普段の生理痛よりだいぶ痛かったです。
無視して寝ることなんてできないし、うーと唸り声が出てしまうし、
じっとしていられず、家の中をむやみに歩き回ったりしないと気がまぎれません。

平均すると、1日に5時間くらいの腹痛タイムがありました。
一気に5時間のこともあれば、1時間くらいのが5,6回くる日も・・・
でも、終わってしまえばスッキリ!なので、「つわりみたいなものかな・・・」と思い、
病院に行こうという考えはありませんでした。

ただ、仕事に穴をあける可能性があったので

私の代理ができる人だけに事情を話し、
もしかしたらお願いするかも、という根回しをせざるを得ませんでした。
幸い、なんとか早朝とか終業後とか、休み時間とかに痛くなることが多く
代理は頼まずにすみました。何という綱渡り。

でも、この週に予定していた1年に1回の大イベントの運営は、
前日にドタキャンしました。仲間は「これまでで一番大変だった」と言っていて、申し訳ないかぎり。
早すぎる&迷惑すぎる妊娠報告でしたが、皆さん祝福してくれてよかったです。
 

9月27日、M病院に行ってみました。

わりと「おじいちゃん」寄りの年代の先生方4人で回している病院です。
女医さんはいないけれど、とくにこだわりないのでOK。

受付で、「妊娠したか確認したいんですけど」というと、
「두 줄? (二本線?)」とだけ聞かれて一瞬固まりました。

なんとか検査薬のことだと理解し、診察室へ。
 

にっこにこした優しそうなN先生が、「妊娠したの?」と迎えてくれました。
私が知りたい(笑)と思いつつ、「はい~」と答え、
検査用のスカートに履き替えて診察室へ。
あの、足がぐわっと開いてカーテンがある内診台を想像していたら、
普通のベッドで拍子抜けしました。

仰向けに寝て、膝を立てたところにタオルをかけられ、

先生は自分のお腹の横くらいに座って診察してくれました。

なるほど。内診台みたいに仰々しくなくてもできるんだな・・・。
自分の視線の先にはもちろんモニターがあります。

教えてもらうまでどう見ればいいのか全くわかりませんでしたが、
とりあえず、画面中央に黒丸●の空間があるのは見えました。胎嚢。
「産みますよね」という問いかけに、

迷いなく「はい」と答えられた自分に、安堵しました。
(ほんとにできるんだ・・・・・・みたいな驚きのほうがまだ大きかったですが)

 

・ちょっと体重減らしたほうがいいかもねー(当時BMI29.3)

・今日から葉酸飲んで!
・超初期だから、2週間後にまた来て!

という指示を受け、薬局で葉酸&ビタミンの入ったサプリを買ってかえりました。
(が、母子手帳もらったら保健所で葉酸サプリもらえることが後で判明。
まあ、長く飲んでもいいものなので、全部飲みましたが・・・)

鼻水がすごいこと、喉まで痛くなってきていることを伝えたら
「あんまり飲まないほうがいいんだけどな~」と、弱い薬をくれました。
薬局で「これ、1日2回って言われました」と言ったら
「平気平気!辛かったら4回まで大丈夫」とのこと。

処方量が変わるわけではないので、そんな飲めないけれど・・・
 

転居前に検診を受けていた先生から、

この市のオススメ産婦人科は聞いていたものの、

どんなところかもわかっていなかったので、慌てて情報集めをした。

 

といっても、産婦人科の「病院」は、市に一つ、ここしかないようでした。

他に、大学病院が一つと、クリニック(의원)が4つほど。

 

※韓国では、「病院」を名乗れるのは30床以上の施設。日本は20床以上とのこと。 
「病院」になると、外来診療費の自己負担が若干高くなるのが一般的ですが、

うちの市の場合、妊婦はクリニックも病院も変わらず、一律20%。
 

決め手になったのは、

①車で10分強と近かったこと。

②産後調理院(産後の母親たちが2週間ほど泊まり込んで、身体を休める施設)があること。

③当直制度があり、いつでも緊急の診察&分娩が可能なこと

でした。

 

我が家の場合、生まれる直前まで、夫と離れて一人暮らしの予定だったので、

可能な限り家から近くて、いつでも受け入れ可能な病院が望ましかったからです。

それに、里帰り出産できるかこの時点では未知数だったので、

②の産後調理院があるのも良かったです。
夫の実家は、長期滞在するにはちょっと向いていなかったので。
 

人から聞いた話ですが、「韓国の病院では、日本のように助産師さんとの面談とかがあまりなく、

産後調理院に入らないと、育児情報が入ってきづらい」んだそうです。
ただでさえ外国人母で地域情報も疎いので、こういうところで知り合い作っておくのも

後々いいのかな、という気もしていました。
これがついている病院&クリニックに絞ると、もう市に2つしか残っていなかった覚えがあります。

 

アメブロホームへ「今日は精霊の日」とあったんですが
初耳!なんだそれ!と思って調べてみたところ
「柿本人麻呂、和泉式部、小野小町の三人の忌日」とのこと。
だから十二単のスタンプなのね。

和泉式部は、確か、子を失ったときの和歌を残してたはず・・・と思って、少し調べてみました。

式部の娘、小式部内侍って、25歳の頃の出産で亡くなってるんですね。
(子どもの頃、『まんが百人一首』で「大江山~」のエピソードを知り好きだったのでショック)

娘を亡くして和泉式部が詠んだ歌、今、打ってて涙出てきました。

 

子は死して たどりゆくらん 死出の旅 道しれずとて 帰りこよかし
【人は死んだあと、死出の旅に出るというけれど、「道がわからない」と帰っておいで】


この歌は、私が息子の蘇生がもう無理だと聞いたとき、
NICUの面会室で夫を待ちながら「戻ってきて、戻ってきて」と号泣したときの
気持ちと重なってしまいます。
 

とどめおきて 誰をあはれと 思ふらむ 子はまさりけり 子はまさるらむ

【私(母)と子たちを置いて死んだあなたは、どちらとの別れがより辛いだろうか。
私も子どもであるあなたを亡くすのが悲しいのだから、あなたも子どもとの別れのほうが辛いだろう】


私の親は健在なので比較はできないけれど、子どもを失う辛さは1000年前も今も変わりませんね。
お腹の中6か月+お外でたった2日の生でもこんなに辛いのに、
20数年生きて、思い出も沢山あって、でもまだまだ生きるはずだった子を失うのは

どんなに辛かっただろうか・・・と思ってしまいます。

小式部内侍も、せっかく産まれた子たちとの別れ、無念だったでしょう。
 

夢の世に あだにはかなき 身を知れと 教えて帰る 子は知識なり
【夢の世に生きるあなたも儚い身である、ということを教えて帰っていった子どもは知識(=菩薩)である】
(こちらは、「伝和泉式部作」で出典がはっきりしないらしいですが、細かいことはさておき・・・)

これも、「教え」や「知識」のニュアンスは少し違うかもしれないけれど、
「親になって初めて、子に教えられること」はたくさんあるのだな、という実感があります。
私はなんといっても、自分の中に「子を愛する心」があったのだな、ということ。
そして、それは、妊娠&出産前に自分が想像していた「愛」よりも、

はるかに強いものだった、ということです。
これは、息子が来てくれていなければ、知ることのなかった感情でした。

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9月下旬、なんだか鼻炎がひどくなったような気がしました。

もともと、かるーいアレルギー体質で治療するほどではないけれど、鼻がぐずぐずすることもありました。

でも、この時は喉の奥に鼻水が落ちる量がかなり多く、本格的な風邪になる前になんとかしようと
21日に薬局で薬を一度買い、それが切れた25日、耳鼻科でも一度診察&薬をもらいました。

「これでも続くようなら、アレルギー検査したほうがいいかもね」と言われて、

とうとう私も本格的なアレルギー仲間か・・・と憂鬱になっていました。

(家族6人中、私以外の5人はひどい花粉症&鼻炎持ちなので)。

実はこれ、妊娠の症状っぽかったです。
「妊娠の可能性のある人は、事前にお話しください」という貼り紙が

診察室に貼ってあったものの、
気づくのが遅かった&心当たりが直前に2日ほどあっただけだったので、

「まさかねー」と思い、言わないまま病院を出てしまいました。

翌日26日、「いや、その、まさかじゃない?」と思うことが。

・胸のハリがそういえば長く続いていたこと
(長期休暇を取って日本に帰ったりしていたので、生理周期が乱れているだけだと思っていた)、
・その日少しだけ、生理痛のようなお腹の痛みがあったこと

・いきなり下り物の様子が変わったこと(白いふわふわから、透明な水状へ)

夫が買い置きしていた妊娠検査薬を開けて検査をしたら、

 

 

即、2本線出ました!驚き!

ずぼらで生活リズムもあまり整っていなかった私、

基礎体温を測るとか、そういうマメなことは、
(昔少しだけチャレンジしましたが)まず続きません。

妊娠前にやっていたことと言えば、生理日の記録くらい。
それでもだいたい、周期と下り物の状態で
なんとなく排卵日はわかっていました。
ただ、夫の休みと合うかは別問題。
自分が仕事の閑散期に入ってようやく「妊活」開始を考えられる感じでした。

(妊活って言葉、なんだか違和感あるんですけど、使いやすいんですよね・・・)


閑散期に入ってすぐのある日、夫が黙って私に差し出してきたものは、

排卵日チェッカーと妊娠検査薬2箱ずつ!

 

面食らって、

「買う前に相談してよ・・・。排卵日チェッカーは無くてもわかるわ」と言ってしまいました。

毎日のチェックとか、私が一番苦手な行動すぎて。

「じゃあ好きにして」というので、とりあえず「まだいいや」としまってしまいました。

次、お互いの休みと重なるのはたぶんいついつだ、ということだけ宣言して。

勢い込んで買ってきた夫、ちょっとしょんぼりしてて悪かったな・・・
 

子育て環境を整えようと2018年半ばに今の市に引っ越してきました。

夫とは、またも中距離週末婚に。

(結婚生活8年のうち、一緒に住んでいたのは1年半。
でもこのペースはそんなに悪くないと思っています。)

ところが、前の職場と職種は同じでも風土が全く違う。

以前の職場での成功体験をもとに行動していたら、

コミュニケーションのすれ違いや、私の空回りから

負のスパイラルが生じてなんだか大問題に。

3か月くらいどん底状態で落ち込みました。

(問題自体は、さらに1か月後くらいに収束しました)
 

で、それまでは「どれくらい働いたら妊娠しても職場に迷惑じゃないだろうか」とか

いろいろと考えていたんですが、

この事件をきっかけに「もういいか」という開き直りモードに。

「妊娠して、母親になってみたら、若い人たちへの接し方もうまくなるかも?」みたいな

根拠のないことも考えたりして・・・。

カウンセリングで提案された①出産経験者へのインタビューと育児のイメージ化、

②産婦人科での助言、③夫との話し合いが進んでいて、少しずつ心も固まってきていました。

ただ、すぐに繁忙期&夫とすれ違い生活になったので、

いわゆる「妊活」モードに入れたのは数ヵ月後でした。

 

今日は、現在進行形の話です。
 

お空に帰ってしまった我が子、日本の戸籍に乗せようと準備中です。

 

出生証明書と死亡診断書の日本語翻訳をするのが超絶面倒くさかったでです。

翻訳自体は苦ではないんですが、何が面倒かって、枠が細かすぎて作成&調整が・・・。

日本大使館のHPに出生証明書のPDF版のフォーマットは辛うじて出てるんですが。

 

ニッチな需要かもしれませんが、産後の忙しい中、同じ作業をしなきゃいけない親たちが、

少しでも楽できたらと思い、MSWord & PDFの両方のフォーマットを共有フォルダにいれて

検索可能なようにしてみました。

初めたばかりの弱小ブログなので、

辿り着く人は当分ゼロかもしれませんが。

できることなら、出生証明書だけが使われてほしいものです。

 

https://drive.google.com/open?id=1X29ekBbpRIUTb7fkp3Mq2YVZCxioXLSU

夫と現実的な不安について話し合うのとはまた別に、

面白い観点からのアプローチができました。

それは、「ヒプノセラピー(催眠療法)」。

半年ほど前にたまたま、仕事で仲良くなった人が

「資格持ってるので、よかったらやりましょうか?」と言ってくれて、この世界を知りました。
 

中途半端にその言葉は聞いたことがあって、興味はあった半面、

お金がかかりそうなわりによく正体がわからないので、それまでスルーしていました。

でも、「催眠」という言葉から受けるうさんくささとはかなり違い、

「人を深いリラックス状態に誘導して、

自分の普段気づいてない心のうちを外に引き出してくれる技法」だと知りました。

決して、「意識が無いうちに、思ってもいないことを喋らされたり

行動させられたりするもの」ではありません。

 

初めてやったときは、また別の問題を抱えていて、それにフォーカスしたのですが、

「ねりさんは入りやすい。するすると言葉が出てきて面白い、またやりましょう」と言ってくれていました。
知っている人だったので、安心して入っていけたのかもしれません。

 

そして、その次の機会(2019年1月)に

「夫とのコミュニケーションと妊娠のことで悩んでいる」という話をしたら、

前世を見る方法を試してみようということになりました。

************************* 以下、私の前世ストーリー ********************************

人が住まなくなって荒れていく都市に砂漠の砂が吹いてくる。
私は、騎馬民族の襲撃で幼い息子を奪われた女性だった。

町には誰も残っておらず、私は一人でそこにいる。

他の住民は、他の場所へ皆で逃げたが、

私は、待っていればいつか息子が戻ってくるのではないかと思っていたのだ。

(町のイメージ: トルクメニスタンのクフナ・ウルゲンチ)

 

しかし、いつまで経っても息子は戻ってこない。

「待っていてもだめなんだ」と気づいた私は、知人に馬を借りる。

それに乗って、息子を取り戻す旅に出たのだ。

 

広い砂漠が広がるにも関わらず、首尾よく息子が捕らわれている部族の領地にたどり着く。

そこで息子は、部族長夫婦の子として育てられていたのだ。

それを見て「到底あの二人には敵わない」と思った私は、

そこで下女として働くことにした。

(ここに出てくる部族長のイメージは、厳つい感じの帝釈天で、

妻は実在の妹。昔から私は、妹には到底勝てないと思っている。)

言葉も通じない他部族の村で働くのは決して楽ではなかった。

夜は馬小屋みたいなところで眠った。でも、近くで息子を見ていられるのが慰めだった。

 

そんな生活が10年続き、息子は15歳くらいになって成人し、ある部族への襲撃を任された。
その場所を聞いて私は青ざめた。そこは、自分がもといた村で

生き延びた人たちが避難した場所だったからだ。
私は意を決して、息子(現世の弟)に彼の出生の秘密を打ち明けた。
 

しかし、そんな話を急に信じてもらえるはずはない。
無礼で気持ち悪い女だ、出ていけと言われ、その村を追われることになった。

ショックで、自分が連れてきた馬とともに、しばらくさまよう。
しかし、「こうしてはいられない。故郷の人たちに危険をしらせなければ」と気づき、馬を走らせる。

 

でも、そこは、砂漠の真ん中。地図も羅針盤も持っていない。

なんとかオアシスにはたどり着いたりはするが、

結局、村にはたどり着けず、道に迷ったまま、渇きで死んでしまう。

馬も一緒に息絶える。

 

************************************************************************************

 

ストーリーが最後まで行ったところで、セラピストさんが聞く。(まだ催眠状態)

「ストーリーの中に出てきた人たちは、現世で出会っていることが多いんですけど、誰かわかりますか?」

まっさきに出てきたのが、

「部族の有力者は、帝釈天」
(後で調べたら、帝釈天像って優雅な顔のが多くて、私の考えていた人はもっとゴツい感じ。

画像検索すると柴又帝釈天像というオリジナル像で、似ているのが一つだけ出てきます)。

「妻は・・・妹!」

 

「息子さんは?」

「息子は・・・弟かな」

 

「前世の旦那さんは、出てきませんね」

「そうですね・・・。全然わかりません。生きてたのか死んでたのか。」

「もしかしたら、今のお父さんかもしれませんね」 (私は父とあまり仲が良くない)

 

「今の旦那さんは、どこかに出てきましたか?」

「・・・・・・あぁ・・・・・・馬です・・・・・・」

最後の最後まで気づかなかったんですが、ずっと行動を共にしていた馬が、夫でした。

それに気づいてから、私に10年以上も黙ってつきあわせたあげく

死なせてしまったことが申し訳なくて、ぼろ泣きしてしまいました。

セラピストさんは、続けて私に、馬に謝りたい気持ちや、

馬が私に対してどう思っていると思うか、ということを言わせて

「それは、現世の問題とどうつながっていると思いますか?」というところまで

催眠状態のまま答えさせてくれます。

 

夫の「私の自由にさせてくれる優しさ」が、

この黙ってついてきてくれる馬に投影されていたであろうことと

それに私は、本心では気づいているということを意識化できました。

日常の私は「意見を言ってくれない」「積極的になってくれない」とやきもきしていたけれど。

 

こういう話、夫はどうとらえるかなぁと思ってたんですが、興味津々で助かりました。

根本は、コミュニケーションの問題だったから。

「え!?馬??」って言ってましたが。

 

自分でもかなり鮮明にイメージとお話しが出てきて面白い体験でもありました。

町のイメージで出てきた「クフナ・ウルゲンチ」というのは、前知識として知っていたわけではなく、

ググって近そうな場所を探してみました。イメージはここがぴったり。

チンギスハンに滅ぼされてるんですね・・・。

 

そして、私の語ったストーリーの元ネタだと確信しているものが二つあって、

ひとつは、鈴木光司の『楽園』という小説 https://www.shinchosha.co.jp/book/143811/

もうひとつは、
とボロディンのオペラ『イーゴリ公(韃靼人の踊り含む)』 https://www.youtube.com/watch?v=m2EY3AZ7YFg&feature=share&fbclid=IwAR3zWEPRC7qXgeBf8yYcJlH9C1VKAPy32kT9yIbM75ywFK7HS8gIyaQ3D7g
(実は、ここに出てくるコンチャック汗が、いちばん前世の「部族長」に似てます。
妻役の妹は、「おっさんじゃん・・・」とショックを受けてました。)

こういう「(意識の上では忘れているものも含め)どこかで見た膨大なイメージの寄せ集め」を使って、

今の自分の状態を表現させたり、問題解決の糸口だったりを探すのが

ヒプノセラピーという手法なんだと理解しました。


このセッション以来、少し素直に夫と向き合えるようになった気がします。

転職&引っ越しが決まってすぐ、子宮頸がん検診を受けにいきました。

こちらでも、30歳以上は2年に1度、無料検診の案内が来ます。

どこに行けばいいのかわからないまま、近さと外見で選んだ
L産婦人科、先生たちも感じがよかったので、そのまま通っていました。

 

初めて行ったときからずっとあるポリープは消えずにそのまま。

妊娠への影響を聞くと、「もしかすると着床率に影響するかもしれないから、

半年がんばってダメなら手術して取った方がいいかもしれない」とのこと。

 

そして、私、恥ずかしながら韓国に来て15キロ以上太り

当時でたぶん76キロほど(身長163センチ)。

おずおずと「やはり痩せたほうがいいんですかね・・・」と聞くと、
まさかの「ダイエット〜?いらんいらん笑」というお答え。

「日本に里帰りするなら、きっと叱られる重さだよな・・・」と思いつつ、

結局、転居&転職の忙しさでヨガもやめてしまいました。

 

先生には、転居先の市のお勧め病院を教えてもらえてよかったです。