こまちゃん(はゆん)とのお別れをした翌朝、一気に1月後半から前日(2/12)までの経緯をSNSに書き綴りました。

安定期に入っていた12月末、「一年の振り返り」としてSNSに妊娠報告を含めて書いてしまっていたんです。「冬は帰省しないけれど、春〜夏に産休取って日本に行くから、会える人いたら遊んでね」という意図があって。私にとって、産休期間は、社会人になって初めて数か月単位の帰省になる予定だったので、楽しみでもあったんです。これまで春に帰れたことはほぼありませんし。

そんなわけで、かなり多くの人が私の妊娠を知っている状態でした。それなのに、こんなことが起こるなんて。学生時代の後輩の奥様が死産になってしまった話も、SNSで知っていましたが、なお、他人事でした。

次に妊娠したら、たぶん生まれるまで大っぴらにしないと思いますが、こまちゃんのことをSNSに「書かなきゃよかった」という後悔は、それほど大きくありません。

いろいろな人に心配をかけてはいると思いますが、SNSで繋がっている人たちが、心の支えになってくれたと思っています。


〈予約投稿します。予定どおりいけば、11時に手術して、その後ふわふわしている状態でしょう〉
親族が帰り、夫が母をホテルに連れていき、
私は病室に戻りました。

NICUにいる間、病棟から「点滴の時間なんですけど、どこにいるんですか〜」と電話がかかってきました。(たしかまだ、抗生物質を点滴してました。)

え、ここは連携してないのか……と思いつつ、途切れ途切れに「赤ちゃん死んじゃったので……!NICUにいます……」と言うと、「じゃ、戻ってきたら声かけてくださいね」とのことでした。

そんなわけで、本当は人のいないところでわんわん泣きたいのに、おとなしく病室に戻りました。他の産婦さんもいる関係で、泣きじゃくったりできるわけもなく、ものすごく苦しかったです。

「こま帰ってしまった」と、一言メッセージを送っていたろーちゃんから、
「私が何かできるわけじゃないのだけど、何か話したかったらいつでも連絡して」
と優しい返事をもらっていたので、1時間ほどの点滴タイムは、彼女とチャットして気を紛らわせていました。

ようやく点滴が終わると、もういちどロビーへ。エレベーターホールの脇で、人が通ってもおかしくない場所ですが、ここしか泣けそうな場所はありませんでした。

本気で、個室にしておけばよかったと後悔しました。

ろーちゃんに電話をすると、開口一番に、
「何も言わなくてもいいし、何かいいたかったらなんでも話していいから」と、理解あることばをかけてくれました。
しばらくは、ただ泣くだけでしたが、これこそが必要な時間でした。わんわん泣いて、辛かったことを吐き出して、こまちゃんの可愛かったことも話して、1時間くらい話して、0時半頃になると、ようやく疲労感が湧いてきて、寝られそうな感じになってきました。

見てみぬふりをしていましたが、途中からロビーの後ろの席に、戻ってきた夫が座っていました。
本日入院、明日、甲状腺全摘手術してきます。

本当は10月と言われた手術を、仕事の関係でとお願いして8月に入れてもらったのですが、
空きができたからと、さらに前倒しにしてもらえました。ありがたし。

その電話がかかってきたのは、南海の山の頂上で、非日常感がおかしかったです。「い、いま外にいらっしゃいますよね」と言われたんですが、風がゴーゴー吹いていました。

仕事で親身になってくれている方の親族が親病院の有力者だとわかり、主治医とスタッフさんに一声かけてくれたというミラクルがありました。なので、大船に乗った気持ちで行ってきます。
韓国の大病院には、普通、葬儀場がついています。

この病院にも、もちろん。
こまちゃんの訃報を受けて、職員さんがやってきました。

聞かれたことは、「委託火葬にしますか?それとも、皆さんも火葬場へ行きますか?」という質問。

そもそも、それぞれが何を指すのかよくわからなかったので聞くと、委託火葬というのは、業者さんが火葬までして、遺灰を私達に届けるものだ、と言われました。死産の場合はみなこれになるということ。

私がすぐには退院できない状態だったのもあり、今決められないというと、

「明朝9時までに決めて伝えてほしい」と言われました。

こまちゃんの入った箱を片手に持った職員さんと立ち話状態。夫と親族中心で何やら話していたのですが、結局話についていけず、
「私は出られなそうだから、委託でいいような気がする」とだけ言っておきました。

そこまでは、良かったんです。

義理の両親が、明日中に「遺灰を撒く場所を探してくる」と言うんです。聞くと、近くの山とか原っぱとかを考えているとのこと。

いちおう、知ってはいました。伝統的な韓国の慣習だと、既婚で子どもがいる死者ならば土葬で葬ってもらえるけれど、そうでなければ、火葬にして跡形もなく自然にかえしてしまうこと。儒教祭祀では祀れない死者になるから、仏教や巫俗(シャーマニズム)の儀礼をすること。

でも、散骨が「火葬後すぐに」だとは知りませんでした。私の退院予定は日曜日。でも、火葬予定は土曜日。義理の両親は当初二人、または夫を入れて三人だけで火葬が終わったらその足で散骨しに行くつもりだったようです。

それに場所のことも。木の根本とかわかりやすいところではなく、何もないところに撒いてしまうべきだとのこと。原っぱなんかにしたら、いずれ開発で跡形もなくなってしまうのでは、と心配でした。

私は、すぐには気持ちがついていかないので、少し分骨させてほしいと言いました。夫の実家と、私の居住地は少し離れているので、散骨した場所に行って偲ぶということもすぐには叶わないので。しかし、分骨は絶対にだめだと言い渡されてしまいました。そんなことをしたら親が引きずってしまう、悲しみにとりつかれて病気になってしまう、と。

この短い間で、私のような考えは日本人の間では決して珍しいことじゃないと、夫には訴えたんですが、基本ママっ子なので彼も反対意見は出せず、あとで行くお寺でも、分骨とか家で祀るとかっていうのは、長寿を全うした人のすることだとお寺さんにも言われてしまいました。

私は、泣きわめいてでも、自分の思うようにしたかったのですが、多勢に無勢ですし、うちの義理の母は、歯向かうととても面倒なことになるのを知っています。

とりあえず、「明日までに葬儀のことは決めるから」と話をつけて、義理の実家の人たちには帰ってもらい、実母に散骨を見届けて来てくれるようにお願いしました。あとで、こっそり分骨も頼もうと思っていました。
夫の両親とお姉さん、一緒に悲しんでくれましたが、感覚が違って苦しくなりました。

はゆん(こまちゃん)とのお別れ中に言われた言葉ですが、

「早く忘れなさい、次の子はきっとちゃんと育つから。」

「泣かないで。泣いたら赤ちゃんが天に昇れない。」

一度だったら流せる言葉も、四人からかわるがわる何度も言われるのは、本当にキツく、だいぶダメージをくらいました。

お母さんは、「靴下を履きなさい!私のを履くか?」とか、どうでもいいことまで混ぜてくるし。(←産後の体を気遣ってくれてるのはわかるんですよ。でも、病棟はポカポカだし必要なかったんです)

「忘れろ」も「泣くな」も、韓国流の気遣いだということはわかっていますが、残酷に感じてしまいました。だってまだ、目の前にいるんです。今、それを言うのは、早すぎるでしょうと。

義理の母は実母にも、「この子のことは忘れてください。次の子はきっと健康に生まれてくるから」というのですが、とても通訳できませんでした。

最後は「いいから早く帰ってくれないかな!」と叫びたい気持ちを押し殺すのに必死でした。

アメブロのプロフィール写真、すっごく気に入ってたのですが

間違って消去&ちょうどハードディスク整理中だったのもあり、

元のイメージがどこにあるのか、わからなくなってしまいました。
いろんなページを渡り歩いて見つけた一枚だったので、

もはやどこからダウンロードしたのかも覚えておらず、

めぼしいサイトでも同じものが見つからず・・・・・・。

なんとしても見つけるまで、代わりの子に頑張ってもらいます。

 

「命名」の記事を見てくださった方にはお分かりかと思いますが、

ブログタイトルと写真は、息子の名前にちなんでいます。

 

夫の親族が来るというので、母にも電話し、
面談室まで来てもらいました。

名前を決めたりなんだりして待っていると、
夫の両親と、お姉さん二人が到着。

올케~~  어떻게 ~~ 이런일...
(何でこんなことが、どうして……)
と一緒に悲しんでくれました。
お父さんも見ると目が真っ赤。

皆で待っていると、管が一本だけ残された状態のこまちゃんが、保育器ごと運ばれてきました。皆で中に手を入れて、そっとなでなで。ひとしきりこまちゃんと別れを惜しむと、霊安室に運ぶ準備をするということで、また出ていってしまいました。
夫の両親とお姉さんも、こまちゃんに会いに来るというのでNICUの面談室で待つことになりました。そのあいだ、部屋にあったパンフレットを見て、早産児のことを이른둥이(イルンドゥンイ:早い子ちゃん、みたいな語感?)とも呼ぶことを知りました。なんかかわいい。

しばらく放心状態でしたが、はっと思いついて夫に提案しました。
こまちゃんに、名前をつけてあげようと。この世界に生まれてきた記念のお名前を。

夫が一生懸命、ブツブツ呟いて知恵を絞り、
「……ハユン?」と一言。

正直期待してなかったんですが(ごめん)
すごくかわいい響き!
はゆん!いいね!

そして、私が漢字を調べまくりました。
「ハ」が意外と難しかったです。イメージに合う漢字があまりなくて。
(夫は横から「笑うって意味が書いてある」と「呵」を提案したりしてきました。ほんとに漢字知らないんだな…苦笑)

ちなみに韓国語の漢字を調べていると、赤文字で「不用漢字」と表記されている字がかなり出てきたんですが、「愛」とか「龍」とか「貴」とか「光」とか、意味が良さそうな文字が沢山指定されていて驚きました。あとで調べたら、姓名判断上の話でした。普通にこれらの字を持つ韓国人沢山いますけどね。

結局、「蕸潤」という漢字を当てました。
「蕸」は、私も初めて見た字でしたが、「蓮の葉」という意味があるそうです。蓮の葉が潤う。うん、きれい。

私は真面目な仏教徒ではありませんが、そこそこ仏教には馴染みがあって好きなほうです。心のそこには、仏さまにこまちゃんをお願いします、という気持ちがあるのかもしれません。

日本の人名漢字には入っていない字ですが、「はゆん」と平仮名で書いても優しい雰囲気で、とても気に入りました。夫くん、グッジョブ。

でも、名前を聞いてくれた韓国の人は、知り合いのお寺さんただひとりで、夫の家族は無関心でした。少し残念でした。あとで書きますが、そういうことをしないほうがいいと思っていそうでした。
真顔今日の記事の最後に、こまちゃんの抱っこ写真をのせていますが、死亡宣告を受けた直後の写真です。私たちにとっては生きているときと同じく可愛い子どもですが、忌避感のある方もいらっしゃると思います。そういう方は、そっ閉じでお願いします。写真公開への反対意見は受け付けていませんぐすん

いつものように、18時に夕食をとり、18時半に面会。
19時頃、面会を終えて夫が家にもどり、こまちゃんの写真を見ながらゆっくりしていたら、
なんと、19時半に夜食が出てきました。しかも、この量!
「20時半から母乳教室があるので来てくださいね~」とのこと。
その前にガンガン食べて出るようにしておけってことでしょうか。
母と二人で、量に驚愕し笑ってしまいました。おなか一杯なんですけど・・・と。


でも、この写真を撮った直後、夫から電話がありました。
こまちゃんが危ないと言われたから、すぐに病院に戻ると。
相変わらず、なぜ私に直接連絡がこないのか(すぐ近くにいるのに・・・)と思いつつ、
とりあえず夜食には手をつけず、NICUに向かいました。

 

一足先にNICUの相談室に入れてもらうと、先生から話がありました。
旦那さんはいつ来るのかと言われたんですが、30分ほどかかるということで、先に。


赤ちゃんは、また出血して心拍が下がってしまいました。

肺出血も心肺蘇生も、よくあることですが、生まれて1、2日で心肺蘇生を2回繰り返すということは、もう限界を超えてしまっています。そして、肺出血から連鎖して、脳室でも出血が始まってしまいました。残念ですけど、もう送ってあげないといけません。

 

お母さん、一人でこんなこと聞かないといけないなんて・・・・・・。
旦那さん来たら、赤ちゃんに会いに行きましょうね。

と、先生は縮こまって下を向いたまま動けないわたしの肩と背中をひとしきりさすってくれました。

 

先生が部屋を出て行ったあと、号泣しました。

あんな、悲鳴みたいな泣き声が自分から出るとは思わなかった。

 

帰ってきて、お願いだから。戻っておいで。一緒におうちに帰ろうよ。

もっとこまちゃんのお母さんでいたいよ。早すぎるよ。
まだ何にも一緒にしてないよ。こまちゃんの声がききたいよ。

おめめも見たいよ。一緒に遊びたいよ。戻ってきてよ―!!!


そうこうしているうちに夫が着いて、いっしょにこまちゃんの所に行きました。
まだ心肺蘇生を続けていてくれていました。

「抱っこしたいですか」と聞かれて、「はい」と答えました。

すると、心臓マッサージをしてくれていた手がとまり、

「20時19分です」と死亡時刻が告げられました。

 

 

 

真顔この時の写真、以下にのせます。大事な記録です。ぐすん
 
 
 
 
 
 
 
 
唯一の抱っこ写真。
 

 

 

まさかの、お父ちゃんのほうが抱っこ上手な図

 

 

 

あ、眉毛が八の字・・・。私と似てるところあった、と気づいた。
夫は、もう一度目を見たくて、こじ開けようとしていたらしい(おいおい)。

 

 

 

よくがんばりました。おてて大きいね。

 

 
こまちゃん、このタイミングでいってしまったということは、
苦しかったのに、私と会うまではと頑張ってくれたのかなと、
けなげさに涙が止まりませんでした。

2日目の11時、仮眠時間が全く足りなかったのですが、チェックアウト時間なので、無理やり起きて次の目的地に向かいました。近くのチムジルバンでもう少し寝てから・・・と思ったのですが、1軒目: 露天風呂は水着必須で高い割に口コミもイマイチなのでパス、2軒目: 冬季のみ営業(スキー場横なので)、3軒目:定休日、とハズレが続き、結局お風呂だけで寝られない普通の銭湯に行きました。とほほ。歩きまくった疲労は軽減しました。サービスエリアにこまめに寄って、硬いスルメを噛みつつ、なんとか南海に到着。

着いたお宿が(割高ではありますが)とっても素敵でした。使用している口コミサイトで9.9/10 の高評価。フォトジェニックで、こまくまちゃんと写真撮影したいポイントばかりでした。
 

ホームページ 느낌표앤쉼표펜션 

 


この投稿は、お宿で撮りまくったこまくまちゃん写真を載せます。
完全にぬい撮りが趣味に・・・

ふしぎな形の建物。たぶんこの形のおかげで、どの部屋からも海が見えるんだと思う。

 

お部屋

 

 

入り口がわ

 

 

ベランダ

 

 

 

 

 

 
洋服掛けの下にもお花

 
ラブリークッションとお椅子

 
かくれんぼ中

 

 

 
2階のお部屋のすぐ前。瓦屋根。

 
テラス

 
たい焼きの泳ぐお庭
 

 

 

お庭全景(海風のおかげで巨大アジサイが育ってた)

 

 

 

 

 
朝ごはん。もちもちのハム・チーズクレープ。こまくまちゃんとおそろいのお顔。
(気づかず食べて、友達に指摘された)
BGMにしっとり綺麗なピアノ曲が控えめに流れてきて、涙がでてきてしまった。

 
夕暮れも幻想的
 

 
間接照明でゆったり

 

抱っこ

 
広いベッドでおやすみ