20年前に行った板門店。 | ソウル暮らし~世界4分の1

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98年に韓国語を始めて早22年。韓国ソウル生活通算15年。韓旦那に娘と黒柴の4人でソウルの無駄に広い公園から移動してソウルの端っこで生息中。

金曜日は、仕事中に、堂々と(?)スマホにイヤホンさして、

首脳会談を見てました。

 

なつかしいな~という思いが沸々と笑い泣き

 

98年に、母と妹と初めて韓国に旅行に来た時に

真っ先にいったところが、板門店ツアー。

私、まだ10代でした(笑)

 

今回もこの会談をみながら、LINEで母と妹と

懐かしいね。ちょうど20年前なんだよ~

 

もう、20年なんだよ。

 

で、20年たっても、いまだに統一も、終戦すらしてないんだよ・・・真顔

 

あの青い建物の中にはいって、軍人さんの横でポーズとって写真撮ったね。

 

めちゃめちゃふざけた女子大生と女子高生だった滝汗滝汗

不謹慎すぎた。と今更反省。

 

南北の歴史的な瞬間にうるっときた人も多かったんじゃないでしょうか。

 

私は、そんなことよりも、20年前に行ったあの場所のことを今でもはっきり覚えていて

感慨深かった。

 

何があっても、命の保証はしないよ、という書類にサインをし、

緊張のまま、青い建物にはいって、ふざけた写真とって

米軍の食堂で、くそまずい昼食をとって

買ったばかりの、ヘアピンをあの地に落として帰ってきた

 

あの懐かしい思い出がよみがえり

 

うるっときました

 

ふざけてる!って言われそう(苦笑)

 

そんなあの年、

98年。

激辛王子は、違う思い出に浸っておりました。

 

ちょうどあの夏、私が板門店ツアーにいく道。

ガイドさんが「昨日まではソウルもすごい豪雨でしたよね!」

「そうそう!私たち教保文庫いくのに、ひざまで水につかりました!光化門あたりも、床上浸水ですよ~」

ガイドさん「ソウルもすごかったんですが、この辺り(板門店に近いパジュ市に入る前くらい)は、家も流されるくらいひどかったんですよ。

今日はもしかしたら無理かと思ってましたが、晴れてよかったですね」

と、はりきってツアーに行っていたあの日。

 

あの、洪水。

 

あの豪雨。

 

激辛王子の家は流されて、避難生活を送っていたときでした。

 

深夜、雨の音がすごすぎて、サイレンも聞こえないほど。気が付いたら

家の中は腰まで水がきて、死に物狂いで逃げ出たそうです。

 

そんな歴史的瞬間、私たちは、偶然にも、近くですれ違っていたんだね。と。

 

20年、私たちの時間はかなり変化がありましたが、

南北の関係は、ほとんど、変わってませんね。

前進しているようで、していない。

 

今年は、それでも、何かが変わりそうかと期待していますが。

 

若い男子も、早速その期待をしているのか、

 

「兵務庁(兵役管理するところ)」のHPにアクセス殺到してパンクしてたそうですがニヤニヤ

 

兵役の延長の申請方法を検索するために!!

 

終戦になったら、軍隊行かなくてもいいかもしれないものね。

少しでも遅らせたいよね。グラサン

 

おっさんたちが、何度も握手してる間に、

色んな人が、いろんな見方で、この首脳会談みてたんだろうなあ。