BEAT&180SXいっしょプラスMOBI・TANTO -16ページ目

BEAT&180SXいっしょプラスMOBI・TANTO

正直86に乗るとも思ってなかったっす。でもハムちゃんの記録保持の為に引っ越しましたw。今はTAFT、コペンに代わってブログ開始当初のクルマたちはみーんな、居なくなっちゃったんです(哀愁)。なんで、ブログタイトル末尾を変えました。

うちの、はむちゃん(まろん君)がなくなって1か月経ちました。

色々な心理的なレスがあり複雑ではありますが・・・。

そんな中、1階には『まろん記念館』を設置(笑)。

ファントムの景品プラモ、飛燕のエンブレムとかも展示。

飛燕のキャップも何か、オープン軽に似合いそうなので即買いしてきてます。

展示方針としては、元気だった頃から闘病最後の頃を記憶にとどめられるようにしておきました。

先日出かけてきた、各務原の飛燕博物館のグッズも一緒にしていますがね。

あ、この点、チビ(今はノッポ)に糾弾(笑)されましたが・・・。

ところで、庭のまろん君のおはかですが、周りの草が生い茂って来てました。

近くの番人のウサギ執事周辺はドクダミ?っていうの? ウザイ状況に直ぐになるんだよね。

あ、このウサギ執事、まろん君の面倒見てもらうため、交換条件として綺麗にしたあげてマス。

今月頭まで、嫁な人から『うさぎが汚いから捨てようかな・・』との聞き捨てならない、過激な発言が出ました。

以前、片耳を折ってボンドで付けたという負い目がある俺としては洗わざるを得ません(笑)。

黒執事から、どうにか元にもどったウサギ執事ですが、草は何とかしないといけません。

Amazonで芝刈りをハンディでできんか?

と検索して購入したのが山善のコレ ↓ 。

中華メーカーで4千円未満もありましたが、まろん君関係なのである意味で金に糸目はつけないポリシーが全開。

バリバリと草を刈りましたが、いい感じです。

ナイロンカッターの草刈り君(本業機器)には敵いませんが、手軽で細かい刈りができます。

まろん君周辺は念入りにやるための、機器購入デス。

今日、ライトアップ用にソーラーLEDガラス石を置きました。

お友達のうさぎ(大)と子分(小)がサポートしているのが分かりますね。
 

館内に入ると俺を含めて3人とか、2人とか(笑)。午後3時過ぎなんで、こんなもんかと思った。

紫電改が来てから結構立ってるから、俺みたいに初見で来る人で、かつ拘りを持ってる人なんて、あんまり居ないだろうからな。

入った途端、紫電改がずんぐりデカいヤツと強烈に感じましたね。

米軍のヘルとちょっとばかり似通っている感も分からなくない。

1階と2階からアプローチして、貸し切り状態で見られるのは嬉しい―と感じましたね。

 

車で後方からのスタイルは、結構好きなので紫電改君もやはり、後方から見てしまいますね。

あ、先日行った各務原の飛燕やT-2もそうでしたが。

最初は、修復した機体の方がいいのに・・と浅はかな考えで見てました。

が、大戦末期を経験した先人の気持ちも見学していく内に分かりました。

ペラも曲がってはいますが、海底から引き揚げられた訳ですから当然ですよね。

コクピットが見たくなるわけで、2階へ上がります。

口径は20㎜ですが、精度は?の武装アップ。

MSのコンバットシュミレータ―を持って遊んでますが、紫電改君の20㎜は直ぐに弾薬が切れてしまいますね。

弾詰まりしてそう・・。

故障率とか、気になってしまうな。

1階にまた下りて、展示物を見学。

燃料タンクとか。

コンバットシュミの紫電改操縦時には、さっぱり分からなかった計器盤デス。

手前、一瞬、雷電ちゃんかと思ってしまい、反省デス。

これら ↑ の画像は 痛ましいですが、最近亡くなったウチのはむちゃんも亡くなった時に だらん となっていたのを思い出しました。 

動画も撮り尽くしたので、記念品を買って帰りました。プラモとか買いたかったけど、製作に精神が耐えられそうもないので断念。

Tシャツ、キャップでお茶を濁しました。

16時半ごろ、至福の時を過ごした充実感と少しばかり立ち去る寂しさを感じながら退館しました。

結構、薄暗くなっており、今日はどこで休むかなぁーと思いつつ、絶体淡路島は渡りきる(笑)と決意し京都付近まで移動。

そして、ラパンでの車中泊となりました。

ここで、大ポカしましたね。寝るときに暇なんで、スマホでアベマ見ちゃったんです。

俺の当時のスマホのギガ無料は2G程度だったかと。帰路のグーグルマップのナビ通信が制限を受けて酷い目に遭いましたよ。

海老名以降、7000円ナビ(懐かしいデスねぇ、もう捨てましたが)はマップ古すぎるし、何時まで経っても衛星確認できんとか表示される始末でしたので。

 ↑ 2012年当時、静岡に行った際はナカナカ役だったが、2018年には衛星検索中を繰り返し”主張”するだけで案内放棄(笑)。

 

でも、京都で寒い早朝に目覚めて車外を伺うと、動き出しているクルマ、クルマ。

活気があって今思い出してもいい感じです。

25日は、ひたすら東名経由で帰路となりましたが、上述したとおり、ギガ制限を受けたスマホによりグーグルマップが使えないという恐ろしい帰路でした(汗)。

浜名湖に着くころには、夕方になってました。

地鶏おばさん、いや、自撮り。中国の方々だったと思いますね。

 

ここから、埼玉まで行くのに数時間かかり、クリスマスに帰宅した俺は嫁な人とチビ(今はノッポ)にびっくりされてしまったのデシタ。

23から25の3日間で埼玉~四国周回~京都経由~浜松~自宅の約1800km位の走破でした。

ラパン、スタッドレス履いてましたけど、高知で小雪が降りかねないという天気になった際はびっくり。雪降るの?って。

暖かい所という思い込みでしたが。

ラパンの唯一の楽しい思い出となりましたが、その2か月後にR2に買い替えられてしまうという悲劇(笑)が訪れたのデシタ。

やっぱ、ブラックへの通勤に使っていたっていう、上書きできない記憶が染みついてそうで躊躇なく手放しちゃったんですね。

ラパン君には複雑な思いが今も残っています。

 

※紫電改展示館:数日前にネットニュースに出ており、一瞬廃館?って冷や汗書きましたが、1.8倍の展示場とか新施設建設案が決まったとのこと。

地元ではないですが、物凄く嬉しいニュースでしたね。

 

 

 

この会社に転職する前の、ブログ記事だったと改めて反省シテオリマス。

紫電改に会いにいく1 とか記事書いておいて、準備の話で終わってる(笑)。

なんか、スゲー適当でしたねぇ。

そのスゲー適当なのに何故思い出したかって? あー、今度飛燕に会いに行こうかと思い、行ってきたからデース!
 

はぁ?って反応はスルーで、その2を埋めてから飛燕編を書こうと反省しているのは確かです。

本編 その2

12/23  ほぼ日付変わる頃に深夜割引を利用して圏央道に入ったかと・・(書いている今は、6年後なんで…汗)。

圏央道から一気に東名、そして途中の足柄SAのコインシャワーで目を覚ましました。

中間エリアの中部域では、高速代をケチったというか、名古屋・大阪走りがコエェーってコトで一般道へ。

それが間違いで、奈良など山域に入り込み難渋(失礼、地元の方々。悪意ありませんので)しました。

想定以上に三重県や奈良県が大きかったというコトデス。そして時間だけは経っていく。

結局、今は無きラパンは車内空間は最高でしたので車中泊をしました。

初日は、徳島のパーキングで車中泊をしましたが、物凄く寒かったのを覚えています。

寝袋に包まり、社窓は曇りまくり。それにしても直前の淡路島があんなにデカいとは思いませんでした。

高速で飛ばして1時間以上かかるなんて、大陸だろ・・って言いながら走ってました。

津波とか、地震が怖かったので、とにかく休憩もせずに走破しました。

四国に入ってからも中々愛媛に到着しなかったのはちょっとビックリしました。

こんなに広いのかぁーと(笑)。

あ、正直言うと、島なんで、いつ海底に沈むのかもと思ったら怖くて怖くて逃げたという実情か。

23日の23時頃(松茂PA)にて  まあ、四国も島なんだが安心して眠りにつく(笑)。

明けて24日の午前9時ごろ 吉野川ハイウェイオアシスに立ち寄りました。

今となっては、ほとんど記憶がナイので書き込みはナシ。

14時南レクに着。

確か、ここ周辺と思いますが、入浴施設に入り体もスッキリ。

 

次、宇和島。何処ですか?という感じだがパチリと撮影しましタ。

ラパンにパイナップルが落ちるかも・・。

と、やっと紫電改の博物館に12/24の午後3時過ぎに着デス。

お客はポツリ、ポツリと来る感じね。俺の先客も数人いた。

色々見たいので少ないのは大歓迎であった。

やっぱり想像以上に広いというのが感想ね、四国ってさ。

展望台から下を撮影。海らしいが・・。

 

殆ど、道中と施設の紹介で今回も終わってしまい、スミマセン。

つづく

 

予告編

一応、サービスということで(笑)。

タイトルからして、意味不明路線であるが・・・。

はむちゃんが亡くなって、うちの家族全員、結構きてます。

なので、こんな記事でも書いて気分転換を図ろうかとの意図記事となります。

 

昨年11月に中古車屋から購入したコペンですが、フットレストの側面の内装フェルトが破れているじゃんデス。

えーって感じ。じゃあ、フェルト生地を購入してパッチしてやろうと算段した俺です。

予め、楽天市場かなんかで、生地を発注しておきました。

でも、ドンピシャな色合いの生地は無く、更にちりめん?みたいな色がついたのがまざった生地がやってきました(笑)。

到着時はなんか色合い違うなぁ・・って感じでしたが、いざ現地合わせしてびっくり・・。

かなりどころでない、違和感だらけとなりましたぁー。

脳内補修では、かっこよく出来た・・・のだが、実態は昭和の小学生の破れたズホンへの ”お袋さんパッチ” 状態だろー、これ(汗)。

せめてもの償いに、タイヤの空気圧を2.4にかましておきました。

わざわざ、カバーを外して迄したコトに意味がアル!と言い聞かせての作業でした。

595EVOですが、V規格なので2.4としましたが走行した感じはやっぱちょっとばかりエアー抜けてたなぁって実感。

 

 

今日、9/11 朝5時にうちの長男坊、キンクマハムスターのまろん君が静かに息を引き取りました。

2022年2月に我が家にやって来て、2年8カ月を精一杯がんばったと思います。

2022年1月生まれで来たときは43gでした。

7月頃から1カ月以上もお腹なのか分かりませんでしたが、痛みを堪えて頑張ってくれました。

8/17頃には、もう駄目だという状態から、なんとか戻ってくれました。

8/26の療養中 ↓ 

今朝は横で数日間家族交代で付き添っていましたが、仮眠をとっていた俺のすぐ横で静かに・・。

酷いけいれんや硬直を何日も、何時間も頑張ってくれたんですが、キュー、キューと鳴いていた状況でしたね。

今夜は家族でいたずら坊主でとても賢く、愛くるしいまろん君の想い出を夕食後に本人前で話しました。

明日のお昼にはコペンの後ろのお庭一等地に埋めてあげることになりました。

まろん君、さよならデス。そしてとても楽しかったです。

スマホの普及で一杯の想い出動画、画像が残っていることは、良い世の中だと思いました。

高坂どうぶつ病院のH先生には、大変お世話になりました。

まろん君の長寿は先生のおかげでもありました!

 

9/12追記:本日埋葬しました。同族ハムとは縄張り意識があるらしいので、うさぎ君に友達になってもらいました。

今や社会人となった、チビ(今はノッポ)が、まろん君に花を買ってきてくれました。

2024.9.22

9/21(土) まろん君の墓標が届いたので家族で朝に設置しました。

まろん君の子分に左上のちびうさぎが加わりました。

こっちは、室内で置いてみた感じのショット