名プロデューサー・山崎直也さんを偲んで | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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僕をロカビリーの世界へと深く誘ったプロデューサーの山崎直也さんが11月4日に亡くなった。まだ54歳という若さだった。

久保田麻琴と夕焼け楽団や、オレンジカウンティ・ブラザーズといった多くの伝説のバンドやミュージシャンたちと交流を持ち、音楽評論家として、またプロデューサーとしてもいかんなくその才を発揮した人だった。

特にルーツ・ミュージックに傾倒していた直也さんと出会ったのは、僕がヒルビリー・キャッツというバンドに籍を置いていた1980年頃のことだったと思う。

そしてそのバンドを脱退し、ピンク・キャデラックスというロカビリーのバンドのオーディションがあったとき、そのコーディネイター的立場で僕をオーディション会場まで連れていってくれたのが、直也さんだった。

そのとき、もうひとりヴォーカルがオーディションを受けに来ていて、明らかに彼のほうが僕よりルックスも歌の技量も上だった(のちに全く別のバンドでメジャー・デビューをする)。

僕は確か〈ミステリー・トレイン〉と〈ベイビー・レッツ・プレイ・ハウス〉を歌ったと思う。


歌い終わり、直也さんに「僕はダメですね。彼のほうが断然ピッチも良いし…」

すると直也さんは
「ロカビリーはピッチで歌う音楽じゃないよ」

ドラムスの人は既にもうひとりのヴォーカルと談笑していた。

ところが、オーディションに通ったのは、歌もルックスも格下の僕だった。

直也さんが言った。

「お前のほうが、ロカビリーのフィーリングは数段上だってことは、見る奴が見ればすぐにわかることだよ。第一お前のほうがキチガイだからな」
その直也さんが亡くなった。

その後、ピンク・キャデラックスで一緒に活動し(直也さんは、ラップ・スティールとビアノを担当)、サン・セッションのときは我が事のように興奮していた直也さん。
ロカビリー歌手として、たくさんの方たちに支えられて、ここまで頑張って来れた僕だが、直也さんはそのなかでも、僕にロカビリーとは何か?を直接伝授してくれた人だった。


“Unknown But Goodies”

直也さんが遺した素敵すぎる格言である。

心からご冥福をお祈り致します。

ありがとう、直也さん!