ケータイでエルヴィス&プレスリーが聴ける! | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
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NTTドコモiモード公式『着うた&着うたフルサイト“昭和の青春ポップス”』で、今、35もの珠玉のエルヴィスのナンバーを聴くことができる。
僕は今回、公募ガイド社からの依頼を受けて、この35の珠玉のエルヴィス・ナンバーの解説文を担当した。

選曲の基準は、一般の人たちにも聴いてもらうため、どれもヒットした“入門編的”ナンバーばかりだが、携帯から鳴るエルヴィスの歌声はまた格別なものがある。

そんな格別な音に、わかりやすい解説文をつけてみた。
ぜひ聴いて、読んでいただきたい。

ところで先日、ある放送局の関係者から、「ビリーさん、エルヴィスのことを“プレスリー”と呼んで、彼のファンからお叱りの言葉を頂いちゃいましたよ」と嘆かれた。
そうなのだ、熱狂的なエルヴィスのファンたちは、彼のことを皆、“エルヴィス”と呼ぶ。
家族にも似た親近感から彼のことをそう呼ぶのだ。
だから、プレスリーとうかつに言ってしまうと、熱心なファンからはその部分を咎められることが多々ある。
かくいう僕も、かつては咎める側のひとりだった。

けれども、自分も大人になり、本当の意味でエルヴィスを探究するようになってからは、この概念を捨てるようになった。

熱心なエルヴィス・ファン以外の、65才以上のエルヴィスを知る大人たちは大抵、彼のことを“プレスリー”と呼ぶ。
「第一回日劇ウエスタン・カーニバル」で、ロカビリー三人男に向かって、絶叫したロカビリー族や、スピードにスリルを求めたカミナリ族、そして太陽族にマンボ族など。高度成長期の入り口で十代だった大人たちは、堂々とエルヴィスのことをプレスリーと呼び、〈G・I・ブルース〉や〈ブルー・ハワイ〉を懐かしむ。
彼らがプレスリーと言うとき、必然的に昭和30年代の光景がその会話のなかに拡がり、それが僕にはいいようのない郷愁となって、エルヴィスが日本人に与えた影響をくっきりと映してくれるのだ。

その影響ぶりを聞いていると、エルヴィスでもプレスリーでも、その呼び名はどっちでも良くなってしまった。
肝心なのは、エルヴィスが今もその人たちに愛され続けている事実である。
だから僕も彼ら大人たちの“プレスリー話”を、その呼び名の訂正だけのために、話の腰を折ったり、遮るような失礼なことはしなくなった。
事実、そんなちっちゃなことにこだわらず、彼らの話を聞き通すと思わぬ日本独自のエルヴィスの伝説(ドブ板通りの質屋にエルヴィスのギターが売られていた、とか)に巡り会うチャンスにも遭遇するし、皆プレスリーを愛しているのがわかるのだ。

今回のドコモの企画は、彼をエルヴィス、そしてプレスリーと呼ぶ、どっちのファンにとっても画期的なものとして楽しんでもらえれば何よりだ。


アクセス方法<FOMA対応>※NTTドコモ限定です。

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