今年はエルヴィスが亡くなって、30年目の夏ということで、命日(8月16日)近くには、新聞やテレビ、ラジオなどで、エルヴィスがたくさん取り上げられた。
思えば、30年前の8月17日(日本時間)の早朝、オフクロから“プレスリーが死んじゃったわよ”と起されて、“ウッソー!”とあわてて飛び起きた僕がいた。
いつかお金を貯めて、ラス・ヴェガスで生のエルヴィスを観ることを目標にしていた僕にとって、その夢が永遠に叶わぬものとなったことを、各テレビ局のワイド・ショーは、伝えていた。
エルヴィスの訃報を知る数時間前、就寝前の歯磨をしているときに、その歯ブラシが突然折れ、オフクロに起されたとき、真っ先に浮かんだのが、それが“エルヴィスの死”の暗示だったのではないか、ということだった。
あれから30年。
僕の身の周りで、その間、エルヴィスに関する不思議なことは、いくつか起っている。
これは湯川れい子さんも同様らしく、先日湯川先生にお会いしたときも、そうおっしゃっていた。
そのきわめつきは、僕と湯川さんの他に、ジャームス・バートンやグレン・ハーディンといった、エルヴィスゆかりのミュージシャンたちが参加した1988年のメンフィスのサン・スタジオでのレコーディング・セッションで起きた数々の不思議な現象だった。
当時、東京スポーツに“プレスリーの霊にあった。ビリー諸川の超常体験”として紹介もされた。
『~、ビリーによると、88年7月にメンフィスのスタジオでレコーディングを終えた瞬間、地を揺るがすような稲妻がとどろいたという。
「その他にも、アルバムのジャケット写真をしようと表に出たら、それまで降り続いていた雨がピタリとやんだんです。撮影を終えてスタジオ内に入ると、今度はとたんに大雨が降り出したんです」
またレコーディングの際には、背後に誰かが立っているような感覚におそわれたビリーは
「今思うと不思議なことばかり。ボクの心のなかにプレスリーの心が生きているからなのかもしれない」と語っていた』
というような記事だった。
稲妻は、エルヴィスのシンボルであり、雷鳴がスタジオ内に轟いたとき、ジェームスが“エルヴィスが来ている!”とうれしそうに、グラスに注がれたシャンパンを空高く掲げた光景を、今尚、はっきりと覚えている。そしてみんなで乾杯となったときに、もういちど雷鳴が鳴ったことや、スタジオ内に稲光が走ったことも。
他にもある。
僕の1冊目の著書となった『心のうずくとき』を書くきっかけとなったのは、その最初の1ページを書く前の晩に見た夢だった。
1955年の、エルヴィスとスコティとビルの3人のステージを、僕は彼らの右斜め上のバルコニー席で観ているのだ。
そこは小さな劇場で、夢はモノクロだった。
翌朝、その夢を嫁さんに話したところ、いてもたってもいられなくなり、レポート用紙にその頃のエエルヴィスの物語を書き始めたのが、僕のライター業のはじまりとなっている。
ある晩、当時、2歳になるかならないかの娘が、突然「プレちゃんがいるよ」と。
「どこに?」と訊くと、
「パパの枕の上に座っている」
淡々と話す娘に、思わず僕は嫁さんと顔を合わせた。
「それで、プレちゃんはどうしているの?」
と嫁。
「こっちを見て、笑ってる」
その言葉に、僕と嫁はそっちを向いて、微笑みながら会釈した。
他にもある。が、これ以上書くとキ◯チ◯イ扱いされてしまうから、もうやめておく。
でも、死して30年経つというのに、今だに話題となるエルヴィスのそのパワーとエネルギーを思えば、僕の周りに起った超常現象も充分納得できるというものではないだろうか。