僕にもあったなあ、バンビの時代が | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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ロカビリー一筋40年!
日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
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日本テレビ水曜夜10時から放映されていた、松本潤君主演の『バンビーノ』が終わってしまった。がっかりだ。

前のクールに終了したフジテレビの『拝啓、父上様』&『花より男子2』同様の脱力感である。

それにしても、『バンビーノ』の伴ちゃんは、可愛かった。

物凄く単純で、物凄く純粋で、物凄く無器用で、それでいて超~熱くて…。
こんな奴がロカビリー界にいたら、僕はすぐにプロデュースしてしまうだろう。

劇中で、オーナー・シェフの鉄幹がバンビの働く様子、悩む様子を見て、“自分の若い頃を思い出す。良いもんだ”と言う。
そうなのだ。みんな、こういった時期があったのだ。
かくいう僕もそうだった。

エルヴィスのような歌手になりたくて、1曲満足に歌えもしないくせに、ギターのコードを3つだけ覚えて、自分の歌をカセット・レコーダーに録音し、それをカントリー界の大御所・ジミー時田さんのところに持ち込んだ。
19歳の秋のことだ。

ジミーさんはその頃、新宿の『ウィッシュボン』というライヴ・レストランで毎週金曜日に歌っていた。

ジミーさんは僕の信じられない歌を聴いて、たった一言「ユー、ダメだね」……。

そりゃあ、今思えば当然だ。音程もリズムも滅茶苦茶なのだから。
勢いの他には何もない、それはもうひどい音源だった(因みに曲目は〈ハートブレイク・ホテル〉と〈ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー〉だった)。
それでも、“恐いもの知らず”のバンビだった僕は翌週もまたその翌週も、ジミーさんのところに、吹き込んだカセットを持参した。
そしてその都度、“ユー、ダメだね”と言われた。

それでも全然めげなかった。

それどころか、いつもギターを持参して出かけた。
ジミーさんがいつ歌ってみろ、と言っても良いためだった。
僕は何とかジミーさんから弟子入りの許可をもらおうと、あれやこれやと奮闘した。
図書館に行って、発声の本を読み、勉強した。ジミーさんに自分の歌を少しでも上手に聴いてもらうため、通行人から丸聞こえとなることを承知で、エコー効果が抜群の玄関で、恥を覚悟でカセットに録音したりもした。

そしてクリスマスが近づいた金曜日。
根負けしたジミーさんがついに言った。
“オレは内弟子は取らない主義だ。でも外弟子ということなら、構わない”と。

そして、ジミーさんにサインをもらうために差し出した僕の歌詞カードに、ジミーさんは“飽きないでガンバルこと”と書いた。

天にも昇る気分だった。
そのときの顔は、伴ちゃんが喜ぶ顔と一緒だった。

ジミーさんが言った。
「ロカビリーのルーツはカントリー・ミュージックにある。だが、おまえにはそういった基礎といったものがまるでない。だからこの店でカントリーをもっと勉強しろ」
そして僕は翌週から、その店でウエイターとして働くこととなり、そこで今度は意地の悪い先輩たちから、辛い思いをさせられたが、それも今となっては良い思い出だ。

『バンビーノ』を見ていて、僕はいつもかつての自分と、無器用な伴ちゃんとをダブらせたりしていた。

本当に、本当に良いドラマだった。