四番サード・長嶋は永遠 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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通算5000勝を達成したジャイアンツが、そのことを記念して、6月8日金曜日、かつてのV9戦士を招き、この日の始球式で場内アナウンスと共に、それぞれが各ポジションにつくという、僕のような“V9世代”には何ともたまらないイヴェントが行なわれた。

“名将”川上監督がいた。“赤い手袋”の柴田がいた。ON砲のあとの“5番を打った”末次がいた。相手投手を手こずらせた“ちびっ子コンビ”の土井と黒江がいた。“巧みなリード”の吉田、“巧守”の国松もいた。“悪童”と呼ばれた堀内もいた。

そして何といっても、長嶋がいた。

この日、僕は家で原稿書きをしていた。
そんな僕がこのイヴェントがあるのを知ったのは、この日の午後4時30分。
始球式でのセレモニーとなると、6時ちょっと前…。
もう間に合わないではないか。
でもV9戦士が一同に集う機会などめったにないことだ。
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、間に合わないことなど百も承知で、ヴィデオ録画をフルでセットし、僕は嫁さんと娘を連れて、東京ドームへとクルマを走らせた。
もしかしたら、大好きな長嶋の記念グッズが売られているかもしれない。

道すがら、カー・ラジオからセレモニーの模様が流れた。
“一番、センター柴田”、何ともいいようのない、ワクワク感とドキドキ感が走る。
“三番ファースト・王”。ドキドキ感がピークに達する。
そして僕を一気に少年時代へと引き戻す“四番サード・長嶋”のコール。

カー・ラジオから流れる場内の歓声がひときわ大きいものとなる。
その歓声音が、僕の涙腺を刺激する。僕はそれを必死になってこらえた。
同時刻、僕と同じような思いをした人間がこの日本に何人いたのだろうか?

あの頃、みんなが3番に憧れた。みんなが背番号3をつけたがった。
銭湯の靴箱の3番が空いていることなど絶対になかった。
みんなが長嶋になることを夢見た。
大人も子供も関係なく、みんなが長嶋に夢を託した。

四番サード・長嶋”というコールは、単なる選手のラインアップ・コールではなく、日本が元気だった時代の代名詞のコールなのだ。

堀内が始球式のボールを投じた。
ボールはバックネットへの大暴投だった。
それを見た長嶋さんは体を大きくのけぞらして笑った。
この寛大な笑顔こそ、長嶋さんの魅力の真骨頂であり、多くの人間がこの笑顔に励まされ、明日を乗り切ることができたのだ。

こんな選手は二度と現われない。
長嶋さんより、どんなに凄い技術を持とうが、凄い記録を作ろうが、時代を背負い、その申し子だと万人が認めるような選手は絶対に現われることはない。それは断言できる。

そんな長嶋さんの現役時代を見れた人間にとって、“四番サード・長嶋”は、やはり永遠の幸せのコールなのだ、ということを僕は今回痛感した。


PS:父の日のプレゼントということで、ジャイアンツの5000勝記念グッズのひとつである、“V9Tシャツ”を嫁と娘から買ってもらった。