NBCテレビの『ELVIS』でプロデューサーを担当したバインダーのいう、エルヴィスが本来持つ“サディスティックな部分”の一端が表だって現われた例が、空手である。
彼は軍隊時代に空手を覚え、以来その魅力に取りつかれ、毎日トレーニングを欠かさなかった。
徐隊後、彼はさっそく映画での喧嘩のシーンに空手を取り入れている。またステージにカムバックした1969年8月のステージから彼はステージ・アクションにも空手を振り付けとして用いている。
彼の空手への探究心は深く、結果的に8段(1974年8月29日、ラスヴェガスのステージで授与され、エルヴィスはステージで空手着を着てデモンストレーションを行なった)まで登りつめた。
エルヴィスはアメリカで最も空手に貢献した人物といわれている。
【深層その1】
トム・ジョーンズのステージを見にいった際、舞台からトムに紹介されたエルヴィスは、そのままステージに上がると、空手の型を披露した。客たちは大喜びだったが、トムは困惑した。
【深層その2】
1974年にエルヴィスは教育的な空手映画を作り始めた。タイトルは『ザ・ニュー・グラディエーターズ』というものだったが、結局は完成しなかった。*
【深層その3】
エルヴィスにドイツで最初に空手を教えたのは、ユルゲン・セイデルという地元の空手チャンピオンで、次が特殊舞台の突撃隊員だったハンク・スレマンスキーという男だった。当時、アメリカでは誰も“カラテ”など聞いたことがなかった時代において、実はエルヴィスはいち早く空手をアメリカに持ち込み、普及させる手助け(エルヴィスが空手をやっていることがマスコミによって広められたため)をした人物でもあった。
【深層その4】
エルヴィスは木材を大量に買い込み、取り巻きたちと一緒にメンフィスのダウンタウンへ行き、道のど真中で空手チョップでぶっ壊すデモンストレーションをやった。
【深層その5】
1973年2月18日のラスヴェガスのショーでエルヴィスはステージに上がってきた男たちと乱闘となり、空手で撃退した。
【深層その6】
エルヴィスとプリシラの1973年の離婚のきっかけとなった彼女の情事の相手が、彼女が通っていた空手教室の先生だったとは、“空手家エルヴィス”にとっては何とも皮肉なことだった。