1968年12月3日(収録は6月)に全米に向けて放送され、多くの話題を呼んだNBCテレビ制作によるエルヴィス初のワンマン・ショー『ELVIS』(スポンサーはミシン会社のシンガー)は、彼の歌手活動の復帰の引き金となる番組となったが、エルヴィスの許にこの番組の話が持ち込まれた当初(1968年1月)は、オン・エアがクリスマス時期ということで、マネージャーのパーカー大佐はエルヴィスにクリスマス・ソングだけをうたわせるつもりでいた。
しかし、この番組のプロデューサーのスティーヴ・バインダーが、パーカー大佐の意見に真っ向から反対し、この番組で本物のエルヴィスを見せるべきだ、と主張した。
彼のいう本物のエルヴィスとは、それまでエルヴィスが作ってきたハリウッドの娯楽映画のなかにいるヤワなヒーローではなく、彼の本質ともいえるサディスティックな部分を引き出して、それを音楽のパーフォーマンスに反映させるというものだった。
大佐は最後までそういった番組には絶対にさせない、と言い張ったが、エルヴィスもバインダーの意見を尊重し、初めて大佐に反旗を翻したことで、結果的にこの番組は彼のこのあとのステージ活動を復活させる、そのきっかけの番組となったのだった。
バインダーはクリスマス・ソングならアンディ・ウィリアムズやペリー・コモにまかせておけばいい。エルヴィスは、そういった単なる歌手ではなく、もっと偉大な存在なのだということを人々に知らしめたいと考えていた。
エルヴィスはこの番組で結局クリスマス・ソングは1曲しかうたわなかった。
【深層その1】
バインダーは、まだ誰も手をつけていない〈マッカーサー・パーク〉という曲がここにあるとしたら、あなたはそれをレコードにする気はありますか?とエルヴィスに訊いた。エルヴィスの“ある”という答えにバインダーは、これならエルヴィスは現代にも通用すると踏んだ。バインダーには当初からエルヴィスを懐メロの歌手として番組に出演させる気は、さらさらなかった。
【深層その2】
エルヴィスはこのショウで黒のレザーの上下を着た。それはジーン・ヴィンセントのトレード・マークの衣装だったが、エルヴィスはそれを受け入れた(デザインはこのあとエルヴィスのジャンプ・スーツのデザインも手がけるようになるビル・ベリューによるもの)。
【深層その3】
この番組のラストでうたわれた〈明日への願い〉は、この年メンフィスで暗殺されたキング牧師の“私には夢がある”のアンサー・ソング的ナンバーである。
【深層その4】
この番組はのちに『エルヴィス68カムバック・スペシャル』と呼ばれるようになった。