1950年代からヒットを続けてきたエルヴィス映画だったが、1964年に公開された彼の15本目の主演映画『ラスヴェガス万歳!』を境目にその人気に陰りが見え始めた。
ハワイ、フロリダ、マイアミと舞台こそ変われど、いっこうに変化しないそのノー天気な内容に、彼のファンでさえ劇場から足を遠ざけるようになっていたのである。
時代はベトナム戦争が激化し、反戦ムードが高まるなか、ビキニの美女に、観光地。
そしてカー・レースに喧嘩に口パクの歌。
海から上がっても髪の毛一本乱れることのないその不自然さ+ノー天気な脚本は明らかに時代錯誤だった。
こういった内容にエルヴィス自身もうんざりしていたが、彼自身は契約があってどうすることもできなかった。
そんな人気が下降線をたどり始めたエルヴィスの映画は我が国でも悲惨な扱いを受けることとなった。
19本目の主演映画『ハレム万歳』(1964年全米公開)は、何とゴジラ映画『三大怪獣・地球最大の決戦』と2本立てで上映されたのである。
その後、エルヴィスの映画は『ダブル・トラブル』(23作目)『スティ・アウェイ・ジョー』(26作目)『トラブル・ウィズ・ガールズ』(30作目)『チェンジ・オヴ・ハビット』(31作目)が日本未公開(全33作中)となった。
エルヴィスの映画に対して、1968年のはじめに「ニューヨーク・タイムズ」は『1950年代、エルヴィスによって、若者、音楽、生活風習が大きく変化させられた。
この男が作ってきた26本の映画からは想像もつかないことである』と述べている。