1965年8月27日夜10時、アメリカ・ツアーで米国を訪れていたビートルズは、ツアーの合間を縫って、ハリウッドのベル・エアにあるエルヴィス宅を訪問した。
この前年、ビートルズは初めてアメリカにやってきたのだが、そのときは都合がつかず、
この65年にビートルズのたっての頼みで実現した会談だった(1964年にビートルズが『エド・サリヴァン・ショー』に出演したとき、エルヴィスとパーカー大佐は番組宛に“アメリカでの成功を祈る”と電報を打ち、オン・エアで読み上げられた)。
マネージャーのブライアン・エプスタインが、パーカー大佐のところへ電話をしてきて、「彼らは本当に心からエルヴィスに会いたがっているので、ぜひ会わせてやって欲しい」と頼んだ。
エルヴィスは自分が彼らのところへ出向くのではなく、彼らの方から会いにくるならという条件で会談を了承した。
当日、エルヴィスはいつものように玉突きをしていた。
そこにビートルズがやってきた。
部屋に入って、エルヴィスを見るなりビートルズは緊張の極致に達した。エルヴィスは彼ら4人のアイドルだった。
「あなたに会えて光栄です」と言ったきり、彼らはどうしていいのかわからず、ソファに腰掛けたエルヴィスをただ眺めているだけだった。
そんな彼らに向かって業を煮やしたエルヴィスは、
「この集まりを“王様に謁見する配下の者たち”にするつもりはないんだ。正直言って、ひと晩じゅう僕の顔をそうやって眺めているなら、僕はもう寝るぞ。少し喋ったら、ジャム・セッションでもしようと思ったのに」
と言った。
その途端、4人は顔を見合わせ、大騒ぎをはじめた。
ピアノに向かう彼らに、エルヴィスは何本かのギターも渡し、セッションがスタートした。チャック・ベリーの曲やエルヴィスの曲、そしてビートルズの曲を彼らは演奏した。
エルヴィスはビートルズの〈アイ・フィール・ファイン〉でエレキ・ベースを弾き、ポールを唸らせた。
結局ビートルズがエルヴィス宅をあとにしたのは午前2時過ぎだった。
ビートルズはパーカー大佐から、中が点灯する小さな幌馬車をお土産にもらって帰っていった。
後日ジョン・レノンは“ボクの人生でもっとも素晴しい一夜だった”と語っている。
【深層その1】エルヴィスとビートルズが歴史的なセッションを繰り広げている横で、パーカー大佐とブライアン・エプスタインは賭けに興じた。
結果はブライアンがパーカーに丸裸にされた。
【深層その2】この会談で、エルヴィスが“僕はキミらのレコードを全部持っているよ”と言ったのに対し、ジョンが“ボクはあなたのレコードを一枚も持っていない”と彼流のジョークで答えたことで、その場の雰囲気が悪くなったという。
本当はビートルズのなかでも、ジョンが最もエルヴィスを好いていた人間だったのだ…。
【深層その3】エルヴィスはビートルズの音楽には敬意を表していた。その証拠に彼は彼らの曲である〈サムシング〉や〈イエスタディ〉、〈ゲット・バック〉、〈ヘイ・ジュード〉などをレコーディングしている。
【深層その4】ジョンは晩年のエルヴィスのレコードを聴いて、初期のサウンドに戻るべきだと考え、エルヴィスをプロデュースしたがっていた。
【深層その5】エルヴィスの初期のベーシストだったビル・ブラックのウッド・ベースは、現在ポールが所有している。
彼の亡くなった妻のリンダが、彼の誕生日に贈ったものだ。