2004年に我が国にやって来て盛況だった、エルヴィスの生涯を再現したミュージカル『エルヴィス・ストーリー』。
そのミュージカルの二代目のエルヴィス役であるジェイミー・アーロン・ケリーのショウが六本木のスイート・ベイジルで行なわれ、9月16日に僕はそんな彼のディナー・ショウを見て来た。
結論から言って、とにかく素晴しかった。どう素晴しいのかといえば、まず徹底的にエルヴィスを研究していた、その姿に共感したのである。
その昔は、僕もステージでやって、見ているお客さんから不思議がられた“ギター・スラップ”を彼もやっていたのである。
ギター・スラップとは、ギターのボディを叩く技法なのだが、僕がやって不思議がられた当時(1982年頃)は、その音が、エルヴィスのバックの誰かが段ボールかボンゴを叩いているという説が有力で、エルヴィス自身がギターをひっくり返して、そのボディを叩いているという人はほとんどいなかった。
その訳は、叩きながら歌うのは難しいのではという理由からだったが、目の前で僕が叩きながら歌っているにもかかわらず、ましてやエルヴィスのそうした写真(56年の〈冷たくしないで〉のセッションのもの)が残っているにもかかわらず、当時はボンゴ説と段ボール説が有力だった。
そのギター・スラップを、ジェイミーは〈チャンス到来〉や〈恋にしびれて〉そして〈冷たくしないで〉で披露。思わずうれしくなって、身を乗り出して手拍子を打った僕だった。
それと、アコースティック・ギターのストロークがエルヴィスそっくりなのである。これにもビックリ・ギョーテンさせられた。
聞けば、3歳のときからエルヴィスを歌い、15歳からバンド、コーラス、ダンサーを従えたショウをスタートさせ、19歳のときにはエルヴィスの800曲全曲を暗譜だけで歌い、エルヴィス・プレスリー・エンタープライズ(EPE)から“世界記録保持者”として、承認された経歴の持ち主とのこと。さらに、声のそっくり度から、さまざまな商品のコマーシャルで、“エルヴィスの声”を提供しているそうだ。そして、2005年から『エルヴィス・ストーリー』の主役をしている。
EPEは、そんなジェイミーを次世代にエルヴィスを伝える大使と、彼を推しているとも聞く。
だが、何より僕が魅了されたのは、彼のオリジナルだった。
エルヴィスの曲に混ざって、彼のオリジナルが出てきても、まったく違和感がないのだ。
僕は彼のこうしたオリジナルに、彼のアーティストとしての方向性と才能を見た。
ステージで客席に彼を紹介する男性が、実は彼の父親、そして彼が〈ラヴ・ミー・テンダー〉などで、ファンにサーヴィスするときに配る造花をそばで彼に手渡しているのが、彼の母親だと知って、僕も隣にいた尾藤イサオさんもびっくり。
なるほど、このふたりが、ジェイミーに、エルヴィスの英才教育を施したのかと納得。
ジェイミーは現在26歳。僕の息子のような年齢のシンガーである。
ショウが終わったあと、湯川れい子先生に言った。
「日本にも彼のように若くて、力のある歌手がいれば、ぜひプロデュースしてみたいですよね」
「でも、いないでしょ」
全日本ロカビリー普及委員会の会長として、その作業も頑張らなければ!ジェイミーのショウは、僕にそれを実感させてくれるショウでもあった。