アロハ!ウクレレにハマる | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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日本で、いや東洋で唯一エルヴィスのバッキングメンバー達とレコーディングした
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昨年、好評だったことにつき、今年は3店舗で開催された『伊勢丹百貨店』のハワイアン・フェスティヴァル。3週間に及ぶ、最高に楽しいイヴェントだった。
僕はそのなかで、昨年同様、ショウのプロデュースと司会を担当した。

それにしても、今、ハワイアン、それもフラの人気は凄まじいものがある。そのことは、このイヴェントにどっぷりとハマった今年の集客数を見て改めて痛感した次第である。

一昨年、Kハーモニーという百貨店の催事を仕切っている会社の社長さんと意気投合し、僕はいくつかの企画をプレゼンしたのだが、そのなかのひとつがハワイアンだった。
同時期、伊勢丹の人も同じアプローチからの企画で動いていて、そのことが実現の布石となった。

ところが、当初、百貨店サイドはこの企画に半信半疑だった。無理もない。
過去の実績を重視するのが百貨店のスタンスである。それでも、このハワイアンの伊勢丹側担当者の方の熱意と情熱によって、昨年、吉祥寺店で実現となった。

僕は吉祥寺にあるハワイアン・ショップ『パパリナ』の社長さんのお力をお借りして、このイヴェントに出演してもらうフラのチームの収集作業にかかった。

今まで、ハワイアンといったら、せいぜいエルヴィスの〈ブルー・ハワイ〉くらいしか知らなかった僕には、正直、どれもチンプンカンプンなものばかりだった。

まず、フラのチームをハラウと呼ぶ。そして子供たちのことをケイキ、男のフラ・ダンサーのことはカネ、その他、専門用語はからっきしだった。
それでも僕は誠実だけをモットーに、ハラウの先生たちと出演交渉し、8つのチームの出演が確定した。そしてミュージシャンはラウラと太田紀美子&ザ・バーズが決定した。
ザ・バーズは伊勢丹の担当者が交渉した。そしてラウラは僕が交渉した。
ラウラの交渉に関しては、ラッキーな面があった。それはマネージャーさんがロカビリーなど、古い音楽に精通している人だったため、僕のことも良く知っており、それで交渉がすんなり運んだというわけである。

結果、吉祥寺店でのハワイアン・フェスティヴァルは大盛況&大成功だった。

そして今年、その吉祥寺店の他に、相模店と浦和店でもこのフェスティヴァルは開催された。
出演したハラウの数は24。ミュージシャンはラウラと太田紀美子&ザ・バーズ、それとアグネス・キムラとエコモマイ、さらに出展者のひとつである『ピック・ザ・ハワイ』の社長さんのご好意により、本場ミュージシャンのヴァイヒの出演が実現した。

おかげさまで、今年もイヴェントは大盛況&大成功を収めることが出来た。
成功した最大の要因は、3週間も一緒だったことで、出展者同士の間で、そしてスタッフの間で、家族的な雰囲気が生まれたことが最大の要因だと僕は見ている。
本来のハワイアンが持つ、温もりや思いやり、友好的な人との関わりが自然発生したことで、このイヴェントはホンモノのハワイアン・フェスティヴァルとなれたと実感した。僕はそのことがとてもうれしいし、このイヴェントを誇りに思う由縁だ。と同時に、僕はいっきにハワイアンでは欠かせないウクレレにハマってしまった。

今、僕のクルマの助手席にはいつもウクレレがいる。そして交差点での信号待ちの束の間の時間にも僕はウクレレを弾く。
おかげで、何度か後方のクルマからクラクションを鳴らされた。
それでも僕はウクレレを今、弾かずにはいられないのだ。アロハ!である。